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特集:「働き方」のウェルビーイングを考える
2024.11.29
進む高齢化とともに、働く期間も長くなりつつある昨今。2025年4月1日以降は、企業に65歳までの雇用確保が義務付けられることになりました。私たちは人生の多くの時間を「仕事」に使っています。QOL(クオリティ・オブ・ライフ)、すなわち生活の質を向上させるためには、働き方や働く環境に目を向けなければなりません。
近年、労働と幸福の関係に着目した「幸福学」によって、"幸福の実態"が数値化されています。そこで明らかになったのが、「人生の幸せのどん底は48.3歳である」「管理職に昇進しても幸福度は上がらない」といった傾向です。
こうしたデータを踏まえて、一人ひとりはどんな働き方を選択していけばよいのでしょうか。労働経済学や家族・幸福の経済学を専門とする拓殖大学政経学部教授の佐藤一磨さんと考えます。
「働き方改革」が始まったのは、2019年。企業や働く人たちがワーク・ライフ・バランスについて意識するようになって、まだそう長くはありません。佐藤一磨さんによれば、経済学の視点で幸福を捉える研究は2000年前後から世界的に広がってきたと言います。心理学者で行動経済学の先駆者として知られるダニエル・カーネマン氏が、幸福度指標を経済学の世界に持ち込んで以来、多くの研究者が扱うようになりました。
佐藤さんご自身は、もともと労働経済学を専門にしていましたが、なぜ幸福学に注目するようになったのでしょうか。
「男女雇用機会均等法の制定(1985年)以降、女性の働き方が大きく変化してきました。かつては結婚したら専業主婦になる女性が多かった。ですが共働き世帯が増加し、女性たちは社会的に輝くことを求められ、管理職に登用されるのも一般的になりつつあります。社会や環境、求められることが変化する中で、率直に言って『女性たちは大変なのではないか』と思いました。変化に適応できる人もいれば、難しいと感じる人もいるでしょう。この点をデータで考えられないかと思い、女性の就業と幸福度の分析に取り組むようになったんです」。
その後、研究を進める中で、年齢による幸福度の推移に傾向が見えてきました。佐藤さんは男女ともに「人生の幸せのどん底は48.3歳である」という分析を例に挙げます。なぜ、40代後半に幸福度が下がるのでしょうか。
年齢と幸福度の関係は若年期から中年期にかけて幸福度が下がり、その後高齢期にかけて上昇する「U字型」で変化していきます。
「40代後半が低い背景としては、まず、若い頃に予想していた未来の自分と現実の自分とのギャップに悩むということが考えられます。『こうありたかった』『本当は◯◯だったのでは?』というようにです。一方、若い人は将来をポジティブに捉え、幸福度を高く見積もる傾向がありますし、高齢であれば、『自分の人生はこれでいい』と自分を受け入れられる。すると、その中間である40代後半の数値は相対的に低くなります」。
「また、40代後半は子育てや親の介護で経済的な負担などが大きくなる時期でもありますよね。仕事で責任のある立場になって、ストレスが増えるケースもある。このように年齢やライフステージの変化などが幸福度に影響を及ぼすことがわかってきました」。
アンケート調査では、実は「幸せとは何か」を規定することなく、「現在の幸福度はどのくらいか?」と尋ねているそうです。それに加えて、仕事やお金に関する満足度など、多様な側面から質問をしていきます。
「つまり『幸福度』の要因は複合的なのです。就業形態だけではなく、家族構成や所得、人間関係といったさまざまな要素と幸福度の因果関係を分析する必要があります」。
そもそも、何を幸せだと感じるかは人によって異なるもの。データをどう社会生活に活かすのでしょうか。
「幸福度分析によって、社会が今どういう状況なのかを知ることができると思います。例えば、日本の既婚女性で専業主婦と共働きの人を比べると、共働きのほうが幸福度は低いんです。一方、ヨーロッパで女性の活躍が進んでいる地域の研究結果を見ると、共働き女性のほうが高い。働く環境が変われば、幸福度も変わってきます」。
さらに幸福度のデータから社会の目指すべき方向性が見えてくると、佐藤さんは指摘します。
「この結果から、まだまだ日本の働き方の変化が"形式的である"と言わざるを得ないことがわかります。女性が仕事と育児を両立するための体制、職場環境、周囲のマインドの変革が追いついていないのでしょう。共働き女性の幸福度を上げるために、ひいては社会全体の幸福度を上げるためにも、育児と両立しやすい職場環境をもっと整備していく必要性が見えてきます」。
もう一つ例に挙げるのは、「管理職に昇進しても幸福度は上がらない」という分析です。慶應義塾大学の「日本家計パネル調査※1」を基に佐藤さんが実施した調査では、「昇進1年前から昇進3年後時点までで、幸福度の増加傾向は確認できない」「管理職になることで年収は増加するが、所得に対する満足度は上がっていない」「女性では管理職に昇進した2年後、男性では管理職に昇進した1~3年後に自己評価による健康度が悪化している」といったことが明らかになっています。
※1:2011~2020年までの男性約1.3万人、女性約1.4万人を分析。対象年齢は20歳〜退職前の59歳以下。
「管理職の幸福度が下がる理由としては、金銭的なリターンが大きくないという点が挙げられると思います。仕事の負担と秤にかけると、どうしても負担のほうが重く感じてしまう。日本では、管理職になるために長時間労働をする必要があり、また役職についてからも長時間働かなくてはならない傾向があります。女性の(自己評価による)健康状況が悪化している点については、働きやすい環境が整っていないにも関わらず、女性活躍を推進するために管理職登用している面があるのではないでしょうか」。
多くの研究者が、幸福度に大きく影響を与えるのは「お金」「健康」「良好な人間関係」だと示しています。社会や企業は、これらのバランスを意識した体制を整えるべきだといえるでしょう。
幸福度は他者との比較に左右されやすい側面があると、佐藤さんは話します。
「例えば、ブータンはしばしば『幸せの国』といわれ、国民の幸福度が高いと考えられてきました。しかし、近年そうではなくなってきています。かつてはさまざまな情報から隔絶された国でしたが、インターネットやスマートフォンが普及してきて、他国と比較するようになったことによって、データ上は幸福度が下がっているのです」。
ブータンは2019年度版の国連の幸福度ランキングで156カ国中95位に留まって以来、このランキングには登場していません。SNSなどが日常にある現在、世界のどこにいても、他者との比較から逃れることは難しい…。
そうした環境の中で、私たち個人はどうすれば幸福度を高めていくことができるのでしょうか。
「お金や健康は確かに幸福度に影響を及ぼす要因ですが、幸せの基準はやはり人それぞれです。データはデータとして認識しつつ、一人ひとりは自分にとって何が幸せにつながるのかを見つけていくことが重要なのではないでしょうか。自分の生きがいとは何なのか。幸福学が、考えるきっかけのひとつになればと思います」。
拓殖大学政経学部教授。1982年生まれ。慶應義塾大学商学部卒業、同大学院商学研究科後期博士課程単位取得退学。博士(商学部)。外資系経営コンサルティング会社、明海大学を経て、2016年から拓殖大学政経学部准教授に就任し、2023年から教授。専門は労働経済学、家族の経済学、幸福の経済学。著書に『残酷すぎる幸せとお金の経済学』がある。
大和ハウスグループも「生きる歓びを、分かち合える世界」の実現に向け、様々な取り組みを進めていきます。
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