vol.1 成長を続ける「Dプロジェクト」
- 大和ハウス工業株式会社
取締役常務執行役員 建築事業本部長 浦川 竜哉 - 早稲田大学ビジネススクール教授 内田 和成氏
公開日:2021/07/19
早稲田大学ビジネススクール教授として、国内外の経営者を指導される内田和成氏は、2015年に著書『ゲーム・チェンジャーの競争戦略』(日本経済出版社)の中で、大和ハウス工業の「Dプロジェクト」をイノベーションの好事例として取り上げ、新たな市場を創造していくことの重要性を説きました。
しかし、ビジネス環境はさらに変わり、ロジスティクスはサプライチェーンの枠を超え、企業経営において位置付けが大きく変わりました。さらに、メーカー、小売り、業種を超えて、すでにコアビジネスとして、戦略的に取り組む企業が増加しているなど、現在の大変革の時代において、新たな課題や取り組みが求められています。
これからの日本経済において「Dプロジェクト」の果たすべき使命はどこにあるのか、「Dプロジェクト」を導く大和ハウス工業 浦川竜哉と語り合いました。
浦川:内田先生は、著書『ゲーム・チェンジャーの競争戦略 (日本経済新聞出版)』の中で「Dプロジェクト」を取り上げてくださりましたが、その後、「Dプロジェクト」も大きな成長を遂げました。
まず、日本のものづくりが大きく変わり、サプライチェーンのグローバル化が進んだことによって、ベトナムやインドネシアでの物流開発を皮切りに、その後、タイ、マレーシア、シンガポールにも広がりました。国内も北海道から沖縄まで広げていきました。2003~2015年でDプロジェクトが延べ100棟/約60万坪だったのが、現在では延べ293棟/約306.4万坪と、約5倍になりました。大和ハウス工業は、ハウスメーカーとして全国に75の支社・支店を持ち、そのうち36支社・支店に建築の営業所、事業所がありますので、北海道から沖縄まで地方でも展開することができました。
内田:地方の施設は小規模になると思いますが、物流不動産はどのように入手されているのですか。企業の持つ工場跡地などを直接購入されるのですか。
浦川:大和ハウス工業の土地の入手の方法は、大きく二つあります。一つは、企業が保有する工場跡地などや自治体が持つ不動産を入札、または相対で購入します。もうひとつは非常に時間と手間暇がかかるのですが、区画整理等の手法を使って地権者をまとめ、新たな物流不動産を開発する方法です。
内田:近隣でまとまった土地を買ってしまった方が、効率が良さそうに思うのですが、区画整理といった開発手法も取られるのですね。
浦川:その方が効率もよく、時間も早いのですが、今、土地の価格が高騰していますので、そういった物件ばかり購入していると体力を消耗してしまいます。手間暇と時間はかかりますが、リーズナブルな価格で取得するようなやり方を併用していかなければなりません。
内田:不動産を保有している会社が、自社で物流施設を開発し、運営するようなケース、あるいは不動産を持っている不動産会社が直接開発し、物流施設を建築するケースもあるのですか。
例えば、ある企業が工場跡地などの大きな土地を持っているとします。この土地を売却してしまうのではなく、建物は自分たちで建てて、運営だけを御社に任せるというかたちもあるのでしょうか。
浦川:それも行っています。さまざまなスキームがあります。単純な土地の売買、借地をはじめ、土地建物は地主様が持ち、弊社はマスターリースとして入るというかたちでもお手伝いさせていただいています。
内田:さまざまなスキームがあるのですね。大阪府茨木市の「関西ゲートウェイ」では、ヤマト運輸(ヤマトホールディングス)さんは自社で開発せずに大和ハウス工業が開発し、ヤマト運輸さんはテナントとして入居されています。これはどのような理由でそうされているのですか。
浦川:これは面白い事例で、ヤマト運輸さんとアマゾンさんという、ラストワンマイルを担う企業が同一敷地内に同居する初めての事例だと言えます。パナソニックさんが保有していた大阪府茨木市松下町一丁目一番地のこの土地は、以前はブラウン管テレビ工場でした。
その工場の閉鎖が決まり、この土地をどうするかは大きな課題でした。
内田:パナソニックさんとヤマト運輸さんが直接取引された方が効率的だと思えるのですが、そこに御社が入る存在意義は何ですか。
浦川:パナソニックさんもヤマト運輸さんもそれぞれのニーズを抱えていますから、そこに大和ハウス工業が入ることによって、「三方良し」となるように、仕組みづくりを進めていきました。
地元の雇用や税収を守ることができるように、さまざまな施策を取りました。結果的に、土地を購入し、建物を建てたい大和ハウス工業、土地を高く売りたいパナソニックさん、建物を安く借りたいヤマト運輸さん、それぞれが三方良しになるようなコーディネートを行うことができました。
内田:面白いですね。通常の不動産業務だけであれば単につなぐだけですが、雇用の確保という話は、両者にとっても、自治体にとっても大変ありがたいですよね。
浦川:松下町一丁目一番地という伝統ある土地が売られてしまうという、地元茨木市の皆さんのショック、雇用が失われるというショック、税収が失われるというショック、それに対して何ができるのだろうかを考えました。今、ブラウン管テレビはおろか、液晶パネルでも有機ELでもアジア各国に生産拠点が移っています。そうであるならば産業転換のお手伝いをして、ロジスティクス、ECという新しい産業への転換を図ることによって、地元の雇用を維持し、税収を維持し、にぎわいを維持することを目指しました。
内田:ヤマト運輸さんにしても、深刻な人不足に悩んでいるという事情があると思いますから、雇用とセットというのはありがたいですよね。単なる土地と物件のマッチングではなく、仲人で言えば、両家の事情まで把握した上で提案しているということですね。
浦川:それがDプロジェクトの一つの特徴です。
内田:前にお話を伺った時、最初から顧客が決まっていてオーダーに対して建物を建築するケース、それから先に建物を建てて見込みで顧客を集めていくケースがあったと思います。今はどちらが多いのですか。
浦川:テナントが決まっていて、オーダーメード型で建物を建てるスタイルをBTS型と言います。一方、マルチテナント型というのはテナントが決まっていなくても建てるやり方です。当時、BTS型の棟数が圧倒的に多かったのですが、今ではマルチテナント型が追いついて、面積では逆転しています。これはなぜかというと、お客様の求めるリードタイムが非常に短くなってきているからです。BTS型のように一から設計して建物を建てて完成まで待つと、最低でも2年くらいかかります。ところが、マルチテナント型は建物がすでに建っていますから、すぐに使うことができます。時間があればオーダーメードのBTS型でじっくりつくりたいのだけれど、時間が惜しいので、いったんマルチテナント型に入ってしまうということでしょう。
内田:大和ハウス工業としては、契約が長期となるBTS型の方がビジネスとしては望ましいという理解でいいのでしょうか。それとも、テナントが決まりさえすれば、契約期間が短い分プライシングをフレキシブルにできるマルチテナント型の方が、御社のビジネスとして効率的なのですか。
浦川:それは景気によります。例えば、大手Eコマース企業に対しても、消費者のスピードの要求は速くなる一方です。急速にリードタイムが短くなっているため、つくるのも、運ぶのもスピードを優先したいというニーズに応えるためには、マルチテナント型を増やしていかざるをえません。ただし、リーマンショックの時もそうだったのですが、景気が悪くなるとテナントの入居状況は悪化します。
内田:なるほど。安定しているのはBTS型で、需要が高い時はマルチテナント型の方が、効率が良いということですね。
内田:コロナ禍で小売りの状況が大きく変わり、特にECが伸びています。御社には追い風となっていると思うのですが、その辺りはどのような状況ですか。
浦川:新型コロナウイルス感染症によってECが伸び、物流が伸び、新規事業にまでつながっていきました。ですから、コロナ禍とECの影響は非常に大きなものです。大手量販店、大手・中堅食料スーパー、生協などにおいても、日用品や食料品のEC、そして、宅配が非常に伸びました。それに比例して物流も伸びています。また、冷凍食品もコロナ禍に大きく影響を受けており、冷凍・冷蔵の食品物流が伸びました。
正確なデータはありませんが、現在、ある大手EC企業の物流センターを一番多く手掛けているデベロッパーはおそらく大和ハウス工業だと思います。また、ほかのEC企業でも、ものすごい勢いで伸びています。
内田:埼玉にあるアスクルさんの物流センターに見学に行ったことがあるのですが、ものすごく驚いたことがあります。当時そのセンターで一番動いていたものが何だったのか想像つきますか。それは「グラノーラ」で、入りきらないくらいそこかしこに置いてありました。毎日食べるものでかさばるものは、お店に買いに行くより通販で買った方がいいということでした。メーカーに聞いたところ、当時、日本で一番グラノーラを売っていたのがアスクルさんだったそうです。
消費者の生活がECによって変わることを実感していたところに、昨年のコロナ禍が発生しました。データ的にも消費者の購買行動は大きく変わりました。ずっと勝ち組だったコンビニが苦戦しています。基本的に、コンビニではワンストップショッピングができません。アイテムが少ないので生活を賄うことはできないからです。逆に、コンビニにあるものはほとんどスーパーマーケットにあるので、一回の外出で済まそうと思ったらコンビニよりもスーパーに行く方がいいですよね。
一方でドラッグストアも伸びていますが、これはまた別の理由です。ドラッグストアは競争が激しい業界です。食品を目玉にして利益を上げるスタイルが多いので、ドラッグストアに行けば食品が買えて、シャンプーやトイレットペーパーなどの日用品も買えて、薬も買えます。新型コロナウイルス感染症によって消費者の購買活動が変わり、日本の小売りが変わりました。リアルからネットへの流れも浦川さんのおっしゃるとおりです。そういったことが皆さんのビジネスに与える影響も非常に大きいのではないでしょうか。
浦川:おっしゃるとおりです。事務系の商品からスタートしたEC企業においても、売れているのは食品だそうです。やはり消費形態が大きく変わっています。
そのような中、今、データセンターへの取り組みも開始しました。コロナ禍により、ECや動画配信などの伸びによってデータ通信量も伸びています。また、各社のDXへの取り組みも活性化しています。総務省「情報通信白書令和2年版」によれば、世界のデータセンター市場規模は2022年には2019年と比較し、約20%増加すると見込まれています。そうなると当然、世界中でデータセンターのニーズが生まれます。
そうした状況を背景に、千葉県印西市の千葉ニュータウンに、総敷地面積約23.5万m2の「(仮称)千葉ニュータウンデータセンターパークプロジェクト」の開発にも着手しました。また、データセンターは、建物としても物流センターと親和性があり、弊社としても戦略的な取り組みを開始しました。
内田:なぜデータセンターと物流センターは親和性があるのですか。
浦川:サーバーは非常に重く、階高、荷重等も物流センターとよく似ているのです。データセンターにはBCP対策として免震が要求されますが、まったく問題ありません。
また、データセンターでは、大量の電源を使用しますが、その点も解決しました。今後も、複数の施設で検討しています。
vol.2「物流」の位置づけが大きく変化 へ続く