CREコラム・トレンド
拡大するインフラツーリズム
公開日:2019/09/30
ダムや橋梁、道路などの公共施設を観光資源と位置付けて現地を見学するインフラツーリズムが、いま注目されています。国は2017年度に年間約50万人だった来訪者を3年後に倍増させる計画で、モデル地区やロゴマークを選定して目標達成に向けて力を入れています。
2015年に国が活性化を表明
以前は、社会教育の一環として小中学校などで「社会科見学」と称してダムなどの公共施設を巡る行事が広く行われていましたが、最近では、地下にある巨大な放水路などを見学するインフラツーリズムが人気を集めています。
寺院や仏閣などの名所旧跡や風光明媚な観光地ではなく、こうしたインフラ(公共施設)を観光事業の一環として国が位置付けるようになったのは4年前。2015年に「観光立国実現に向けたアクション・プログラム」を制定したのが始まりです。同プログラムでは、「来訪者が地域の魅力を体感し、再び訪れたくなる観光地域づくり」として、以下のように「地域の観光振興の促進」を掲げました。
- ダムとその周辺地域の自然環境や長大橋、歴史的な砂防設備、高度で多様な技術が結集した下水道など、世界に誇る土木技術等を観光資源として積極的に活用し、旅行会社と連携してサービス内容を充実させて旅行商品化することにより、インフラツーリズムの高度化を図る。
- 「観光立国実現に向けたアクション・プログラム2015」より抜粋
国交省は2016年1月にインフラツーリズムの専用サイトを開設。四半期ごとのツアーを掲載し公表していますが、旅行会社と施設の管理者が見学日程などを調整し、民間主導でのツアーが年々増加しています。
図1:インフラツーリズムポータルサイト掲載件数
国土交通省・インフラツーリズム有識者第1回懇談会資料「インフラツーリズムのこれまでの取組と課題」より抜粋
知っている人は少ないが、見学したい人は多い
ところが、国土交通省が昨年7月にインフラツーリズムに関する認知度調査を実施したところ、知っている人は16%に留まることが判明しました。ただ、知らない人のうち68%が見学したいと答えており、全体では見学したい、興味があると答えた人は72%に上っています。また、同時期に訪日外国人が多数訪れる観光案内所で20か国・63人にヒアリングしたところ、インフラツーリズムに興味がある、行ってみたいと答えた人が90%近くに達しました。
図2:インフラツーリズムに対する意識
国土交通省・インフラツーリズム有識者第1回懇談会資料「インフラツーリズムのこれまでの取組と課題」より抜粋
国交省の専用サイトで取り上げた施設での見学者は、2018年度で年間約160万人。灯台、湾内クルーズが約112万人。一方、サイトで取り上げた施設の分類では、河川やダムなどの河川系が約半数を占め、その巨大な規模に圧倒される「ダム」の人気を窺がわせます。
図3:2017年度の施設見学者数(1591千人)
国土交通省・インフラツーリズム有識者第1回懇談会資料「インフラツーリズムのこれまでの取組と課題」より抜粋
注:「図1」のポータルサイトに掲載している施設の見学者数と施設を集計
図4:ポータルサイトで取り上げた施設の分類(385施設)
国土交通省・インフラツーリズム有識者第1回懇談会資料「インフラツーリズムのこれまでの取組と課題」より抜粋
注:「図1」のポータルサイトに掲載している施設の見学者数と施設を集計
国交省の専用サイトではテーマごとに分類し、マニアだけでなく一般の人にも分かりやすいように工夫しています。例えば、「今が旬です!」では、タイミングを逃すと二度と見ることができない建設現場。「地域に根付くインフラ」は、身近にあるインフラを地域の工夫で財産にしているもの。「レアもの・秘境・再発見」は、なかなか来訪できない、意外なところにあるもの。「いっぱいお勉強」は、インフラを学習するものなどです。
インフラツーリズムの課題
今後、インフラツーリズムが注目され多くの来訪者を集めるためには、多くの課題があります。前述したように、インフラツーリズムという言葉が普及しているとはいえません。聞いたことがなければ、まずそれを周知して広報することが最優先テーマです。そのためには、各地方の自治体と民間の旅行会社などが既存の施設を観光資源として積極的に活用し、地域振興を図る姿勢が求められます。そして、地域が主体となった民間ツアーを増やしていくことが望ましいでしょう。
安全管理や見学日程といった運用面での課題も少なくありません。ダムなどの巨大施設は当初から施設見学を前提に誘導路などを敷設しているところもありますが、各種のインフラ設備は基本的には見学者を想定して建設されていません。また、施設を案内したり説明したりする対応要員の育成、ヘルメット着用など参加者の安全管理、トイレ・駐車場などの受け入れ環境の整備、さらには施設までのアクセスなど、クリアすべき課題は山積みです。建設中の施設を見学することもあり、そうなると、安全管理は最も重要なポイントになります。
懇談会で議論、モデル地区選定も
2018年11月に第1回が開かれた「インフラーリズム有識者懇談会」では、こうした課題を解決するための議論を重ねており、「インフラツーリズム拡大の手引き」(案)を作成しました。
懇談会では、インフラツーリズム拡大に向けた取り組みの効果が特に期待できる5つの地区を「インフラツーリズム魅力倍増プロジェクトモデル地区」に選び、魅力的なツアー造成に向けた取り組みを社会実験として実施する地区と位置付けました。
モデル地区は、鳴子ダム(宮城県大崎市、年間ツアー参加者1,446人)、八ッ場(やんば)ダム(群馬県吾妻郡長野原町、54,819人)、天ヶ瀬ダム(京都府宇治市、26,906人)、来島海峡大橋など瀬戸内しまなみ海道(愛媛県今治市、370人)、鶴田ダム(鹿児島県薩摩郡さつま町、2,609人)の5地区。ほかに、今後インフラツーリズムを重点的に取り組んでいる地区としてモデル候補地区を15カ所選び、各地区の状況に応じて、コーディネ-ター派遣など支援していくことにしました。
建設中のダムや地下深部に設置された放水路やトンネルなど、普段の生活では想像できない規模の施設を体験することは、土木建築に対する理解を深めると同時に公共施設の大切さを再認識する絶好の機会です。自治体や観光業関連産業だけでなく、土木・建設業界にとっても業界に対する理解を深めてもらうチャンスでもあります。インフラツーリズムの普及と拡大は、単に観光資源の有効活用、地域振興だけでなく、施設の設計・施工に関連する業界においても有益なものといえるのではないでしょうか。