「土地白書」に見る、コロナ禍の不動産市場。不動産オーナーとしてどう見るか
公開日:2022/02/10
2021(令和3)年版「土地白書」が、2021年6月15日に国土交通省から公開されました。この白書では、コロナ禍において不動産市場がどのような動きを見せたのか、そして、それに対し、不動産にかかわる人たちの意識はどう変化したのかが報告されています。長期化するコロナ禍において、将来に不安を抱く不動産オーナー様も少なくないと思います。そうした不動産オーナー様にとって、今回の土地白書は貴重なデータとなっています。 ここでは、「土地白書」のなかから、不動産に関する取引状況、建築施設の活用状況を中心にご紹介します。
土地取引の動向
この1年間の土地取引の状況はどうだったのでしょうか。売買取引には、所有権の移転が生じますので、その件数が取引件数ということになります。法務省「法務統計月報」のデータによれば、令和2年の全国の土地取引件数は約128万件(図1参照)。東京、大阪、名古屋の都市圏はほぼ横ばいで推移していますが、地方圏のマイナスが響き、全国としては若干のマイナスとなっているようです。
土地取引件数は、リーマンショックによって急激に落ち込んだものの、平成24年を機に少しずつ増加基調にありましたが、令和2年は、やはり新型コロナウイルス感染拡大の影響があったのでしょう。取引自体が減少しました。
図1:売買による土地取引の推移
出典:国土交通省「土地白書2021(令和3)年版」、法務省「法務統計月報」より国土交通省作成
※ 圏域区分は以下のとおり
東京圏:埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県名古屋圏:愛知県、三重県
大阪圏:大阪府、京都府、兵庫県地方圏:上記以外の地域
不動産取引における意識
本白書内の「土地取引動向調査」の中で、令和3年2月に行われた、本社所在地における現在の土地取引の状況に関するDI調査が紹介されています(図2参照)。
DI調査とは、「活発」と回答した企業の割合から「不活発」と回答した企業の割合を差し引いたもので、プラスが大きいほど、「活況」と感じる人が多いことになります。
令和2年2月までの調査では、「土地取引は活発」と回答する企業のほうが、「土地取引は不活発」と回答する企業よりも、東京や大阪では3割程度多かったのですが、令和3年2月調査においては、各地域で下落しました。東京都23区内は-3.3ポイントと、「活発」「不活発」はわずかな差でしかありませんが、大阪府内は-20.7ポイント、その他の地域は-24.5ポイントと、「土地取引は不活発」と判断する企業のほうがかなり多い結果となりました。ここ10年で見ても、令和2年から3年にかけての変化は最も大きなものとなり、意識の変化は小さくない結果となりました。
この意識の違いは、先ほどの実態数値のマイナスよりも大きくなる傾向があり、印象だけにとらわれず、実態をよく見ていく必要もありそうです。
図2:現在の土地取引の状況の判断に関するDI
出典:国土交通省「土地白書2021(令和3)年版」、国土交通省「土地取引動向調査」(令和3 年)
※ 1 DI=「活発」-「不活発」
※ 2 「活発」「不活発」の数値は、「活発」と回答した企業、「不活発」と回答した企業の有効回答数に対するそれぞれの割合(%)
不動産供給等の推移
目的・用途別の着工数や床面積の変化は、土地活用を行う不動産オーナー様にとっても大きな関心事でしょう。着工数や床面積の変化を用途別にどう変化したのか見ていきましょう。
■事務所・オフィス
新型コロナウイルス感染拡大の対策として大きく推奨されたのが、「働き方の新しいスタイル」としての「テレワークやリモートワーク」、つまり、従業員がオフィス一カ所に集まって仕事をするスタイルではなく、自宅を中心とした、これまでのオフィスを使用しない働き方でした。テレワークやリモートワークが広がるに従い、オフィススペースの縮小を検討する企業も増え、オフィス市場に変化を起こしました。
令和2年の都市別事務所着工面積については、東京都は約1203千m2(前年比12.8%減)と減少となりましたが、大阪府は約754千m2(前年比112.3%増)と大幅に増加しました(図3参照)。愛知県も約390千m2(前年比8.3%増)と増加しました。
この数値は、「建築物着工統計調査」によるもので、「建築物を建築しようとする旨の届出
「建築工事届」を受理したとき」(国土交通省ホームページによる)の数値で、特にオフィスなどは大型プロジェクトなどによって大きく変動することがありますので、この数値をうのみにすることはできませんが、令和2年においては、東京を中心としたコロナ禍によるオフィス縮小の傾向は明らかに出ているといえるでしょう。
ちなみに、2021年10月29日に発表された国土交通省の「2021年(令和3年)度上期(4~9月)の建築着工統計調査報告」によれば、全国の事務所着工床面積は前年比で28.7%増加した模様です。
図3:都市別事務所着工面積の推移
出典:国土交通省「土地白書2021(令和3)年版」、国土交通省「建築着工統計調査」
実際に、東京都心の空室率はどうなったのでしょうか(図4参照)。東京都心5区(千代田区、中央区、港区、新宿区、渋谷区)では、令和2年1~3月期には空室率が1.5%となり、平成19年以降最低を記録しましたが、令和2年10~12月期には4.3%となり、一気に上昇しました。東京都心においては、オフィスの移転や縮小は明らかであり、それに比例して、平均賃料は令和2年10~12月に7年ぶりに下落しました。
図4:オフィスビル賃料及び空室率の推移(東京都心5区)
出典:国土交通省「土地白書2021(令和3)年版」、三鬼商事(株)「MIKI OFFICE REPORT TOKYO」より国土交通省作成
※ 1 I ~ IV 期の値は月次の値を平均した値
※ 2 対象地域は千代田区、中央区、港区、新宿区、渋谷区
※ 3 対象ビルは基準階面積100 坪以上の主要貸事務所ビル(調査月を含め、築1 年未満の新築ビルと築1 年以上既存ビルの合計)
この数値を見ても、東京都心のオフィスから企業が離れていることがうかがえますが、大阪や名古屋の大都市でも、空室率は上昇しました。
2021年(令和3年)後半には、人に関しては、若干のオフィス回帰が見られましたが、総務省は「テレワークは、ワーク・ライフ・バランスの実現、人口減少時代における労働力人口の確保、地域の活性化、非常時における業務継続の確保など、さまざまな効果をもたらす」としてテレワークを推奨しています。
さまざまな意見もあるテレワークですが、これからの働き方の選択は、オフィス市場に大きな影響を与えそうです。
■新設住宅
令和2年の新設住宅の着工数は約81.5万戸(図5参照)。前年対比で9.9%の減少となり、首都圏、中部圏、近畿圏、その他の全ての圏域で減少となりました。平成8年と比較すれば、約半分になった新設住宅数ですが、先行きが見えない経済状況のなか、大きなローンを抱えることになる住宅の購入に慎重になった人が増加したのも理解できます。また、ここ数年、団塊ジュニア世代以降の人口減少問題もあり、減少幅がコロナ禍によって一層大きくなった側面もあるでしょう。
図5:圏域別新設住宅着工戸数の推移
「土地白書2021(令和3)年版」
出典:国土交通省「土地白書2021(令和3)年版」、国土交通省「建築着工統計調査」
※ 圏域区分は以下のとおり
首都圏:埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県中部圏:岐阜県、静岡県、愛知県、三重県
近畿圏:滋賀県、京都府、大阪府、兵庫県、奈良県、和歌山県その他の地域:上記以外の地域
■高齢者向け施設
高齢化が進むなかで、住宅と違い高齢者向け施設においては、介護療養型医療施設※を除けば、大半の施設が増加しています(図6参照)。
※介護療養型医療施設は2023年(令和5年)度末で完全廃止となり、新たに「介護医療院」が2018年(平成30年)4月に創設された。
なかでも、有料老人ホーム、介護老人福祉施設(特養)、サービス付き高齢者向け住宅は大きく増加しています。「令和3年版高齢社会白書」によれば、日本の総人口は、令和2年10月1日現在、1億2571万人で、65歳以上人口は3619万人、総人口に占める割合(高齢化率)も
28.8%となっています。そしてその後も65歳以上人口は増加し、令和24年に3935万人でピークを迎えると報告されており、高齢者に向けた施設へのニーズはますます高まると予測されています。
サービス付き高齢者向け住宅については、国も補助金などの支援策とともに、2025年(令和7年)までに60万戸の供給目標を設定していますので、今後もさらに増加すると見込まれます。
図6:高齢者向け施設・サービス付き高齢者向け住宅数の推移
出典:国土交通省「土地白書2021(令和3)年版」
※ 1 介護保険施設及び認知症高齢者グループホームは、「介護サービス施設・事業所調査」(10月1日時点)【平成12・13年】」、「介護給付費等実態調査(10月審査分)【平成14 ~ 29 年】」及び「介護給付費等実態統計(10月審査分)【平成30年~】」による
※ 2 介護老人福祉施設は、介護福祉施設サービスと地域密着型介護福祉施設サービスの請求事業所を合算したもの
※ 3 認知症高齢者グループホームは、平成12~16年は痴呆対応型共同生活介護、平成17 年~は認知症対応型共同生活介護により表示(短期利用を除く)
※ 4 養護老人ホーム・軽費老人ホームは、「社会福祉施設等調査(10月1日時点)」による。ただし、平成21~23年は調査対象施設の数、平成24~29年は基本票に基づく数
※ 5 有料老人ホームは、厚生労働省老健局の調査結果による
※ 6 サービス付き高齢者向け住宅は、「サービス付き高齢者向け住宅情報提供システム(9月30日時点)」による
■店舗
店舗の着工面積及び1棟あたりの床面積については、令和2年は、着工面積が約3921千m2(前年比10.4%減)となりました(図7参照)。eコマースの拡大などによって令和26年から減少傾向は続いており、コロナ禍でその傾向に拍車がかかったといえるかもしれません。コロナ禍で休業を余儀なくされた小売りや飲食店のなかには、廃業や倒産となった店舗も多く、コロナ収束が見えないなかで着工も慎重にならざるを得なかったと思われます。平成9~12年ごろと比較すれば、3分の1以下に減少しており、Eコマースの進展とともにオムニチャネル化が進み、消費者の「買い物」のチャネルがいかに多様化しているかを象徴しているようです。
図7:店舗着工面積の推移
出典:国土交通省「土地白書2021(令和3)年版」、国土交通省「建築着工統計調査」
主要都市の店舗賃料を見てみると、令和2年10~12月期は、東京・横浜で32,869円/坪
(対前年同月期比2.6%減)、京都・大阪・神戸で18,637円/坪(対前年同月期比17.6%増)、名古屋で16,767円/坪(対前年同月期比6.4%増)、札幌で13,338円/坪(対前年同月期比15.5%増)、福岡で19,054円/坪(対前年同月期比21.7%増)となりました(図8参照)。
各地域において賃料の違いはありますが、多くの地方都市において賃料上昇を示しています。
また、この賃料の推移においては、オフィスビルにおいても同様ですが、長期的に見れば、緩やかな上昇曲線を描いており、賃貸経営の安定度を示しているといえそうです。
図8:主要都市の店舗資料の推移
出典:国土交通省「土地白書2021(令和3)年版」、一般財団法人日本不動産研究所(、株)ビーエーシー・アーバンプロジェクト「店舗賃料トレンド」 (データ提供:スタイルアクト(株))
■宿泊施設
宿泊業用建築物の着工面積及び1棟あたりの床面積については、令和元年に引き続き減少し、着工面積は約1779千m2(前年比29.7%減)、1棟あたりの床面積は1091m2(前年比0.8%減)となりました(図9参照)。
宿泊業用建築物に関しては、オリンピック需要を期待しての着工数増加が平成30年までは顕著で、それがひと段落したこともひとつの要因ですが、実際のビジネスにおいて、コロナ禍でインバウンド需要の落ち込みをもろに受けたのが観光業でした。国による「GoToトラベル事業の延長」や「観光拠点の再生計画に対する新たな補助制度の創設」など、今後の観光施策などの効果に期待が集まっています。
図9:宿泊業用建築物着工面積の推移
出典:国土交通省「土地白書2021(令和3)年版」、国土交通省「建築着工統計調査」
■倉庫
倉庫の着工面積及び1棟あたりの床面積については、いずれも増加しており、着工面積は約11459千m2(前年比26.1%増)、1棟あたりの床面積は765m2(前年比24.4%増)でした(図10参照)。平成22年は平成の30年間において最低の床面積でしたが、その後eコマースの活況もあり、床面積、一棟あたりの床面積ともに、大きく増加傾向を続けています。コロナ禍においても、巣ごもり需要と呼ばれた自宅に居ながら買い物をするスタイルが定着したように、倉庫の好調ぶりは続いています。
また、首都圏における物流施設の市況を見ると、令和2年は、首都圏4エリア(東京ベイエリア、外環道エリア、国道16号エリア、圏央道エリア)全てにおいて賃料が上昇基調であり、空室率についても、2%以下の低水準が続いています。
昨今、大型の倉庫(物流センター)では、雇用の創出や災害対策など多面的な地域再生としての効果も出ており、開発が進んでいます。不動産開発においても、区画整理や農地からの転用など、さまざまな用途転換が図られており、大型倉庫の開発は今後も増加すると思われます。
図10:倉庫着工面積の推移
出典:国土交通省「土地白書2021(令和3)年版」、国土交通省「建築着工統計調査」
■不動産業向けの貸出動向
本白書には、不動産業向け貸出残高についての記載もあります。データは日本銀行「貸出先別貸出残高」から作成されており、資料によれば、令和2年の銀行等による不動産業向け貸出残高は、昭和60年以降過去最高の83兆6349億円となっています(図11参照)。平成24年以降の上昇傾向は続いていましたが、コロナ禍において、不動産事業者の資金確保や不動産投資資金などのニーズも増え、銀行による不動産業向け融資の増加傾向が続いているようです。
東京都心のマンションの高騰や旺盛な不動産投資ニーズ、低金利、国の積極的な支援などの背景もあり、この傾向は続くという意見もありますが、不動産オーナー様にとっては、ニーズの変化をつかみ、収支計画とキャッシュフローを見据えながら、賃貸経営の施策を着実に実行していくことに変わりはありません。
図11:不動産業向け貸出残高の推移
出典:国土交通省「土地白書2021(令和3)年版」、日本銀行「貸出先別貸出残高」より国土交通省作成
まとめ
令和2年(2020年)から、新型コロナウイルス感染症の予防対策として、非対面や非接触のニーズが高まりました。不動産関連において特に影響を受けたのが、ビジネスパーソンの働く場所の問題でした。テレワークの推進により、従来のオフィス勤務型の働き方から場所を問わない働き方へと変化し、それに伴いオフィスの需要も変化しました。
オフィス需要の変化は、単に在宅勤務を推奨するということだけではなく、新しい働き場所であるサテライトオフィス(自宅と事務所の間にオフィスを設置する)やワーケーション(バケーションとワークを両立させるような場所)、あるいは、地域活性化の一環として、地方からの誘致など、さまざまな働く場所が生まれています。結果、職住近接の環境を確保することができ、通勤時間も削減でき、自然環境も近くにあるというこれまでにはできなかったことが実現できるようになってきました。
今後、国も後押しする個人消費や観光産業の動向なども気になるところです。コロナ禍において「ステイホーム」が推奨され、eコマースが増加し、結果的に物流倉庫のニーズが高まりました。
また、不動産業におけるデジタルトランスフォーメーションの推進も注目されています。国土交通省は「不動産業における新型コロナウイルス感染予防対策ガイドライン」を策定するなど、不動産の物件情報や内見、Web会議システムによる接客対応、オンラインによる重要事項説明(IT重説)等、非接触での取引が進みつつあります。
こうした流れは、今後もある程度続き、不動産に関する市場も継続した変化が起こると考えられます。不動産オーナーの方々も、市場の変化を随時把握しながら、不動産の活用方法や賃貸経営に関する判断が必要となりそうです。