CASE11「まだ早い」と思っているうちに、遺言を作成できない状態に
公開日:2024/06/28
母は80歳になったとき、弁護士から、「遺言書を書いておいたほうがいい」と言われましたが、母はまだ早いと思い、ずっと放置していました。
それから15年が経ち、母は95歳。同居の長女は兄ともめるのが心配だったので、弁護士を再度訪問。母もその気になっているので、遺言書をつくることになりました。
歩行が困難なため、公証人に出張をしてもらうことにしたのですが、公証人からは公証役場へ行けない理由と「認知症でない旨の診断書」をかかりつけ医から取得するよう指示されました。
ところが、認知テストをクリアすることができず、すでに「認知症でない旨の診断書」をもらえない状態であることがわかったのです。
思い立ったが吉日、親は元気なうちに、「子孝行」を
これは、遺言書を書けるときに書かなかったための、残念な具体例です。認知症ではないと診断されなければ、「遺言能力」が認められず、遺言書を作成することができません。早いうちに遺言書を作成する必要があるという典型例といえます。
思い立ったが吉日です。今はまだ大丈夫であっても、人は誰もがいつかは衰えてきます。元気なうちに「子孝行」をすることも、大切なことだと思います。
生前にできる相続対策として、まず行いたいことは、遺言書の作成です。遺言書は、家族がもめないための「思いやり」と言えます。遺言書がないままでは、すべて遺産分割協議となってしまいますので、もめる可能性があることを覚悟する必要があります。「生前対策には、遺言書は絶対に必要」ということを頭に入れておきましょう。
このケースの場合、母は80歳のときに遺言書を書くことができたはずです。でも、まだ早いような気がしたのでしょう。あるいは、きょうだいへの分割も決めることができなかったのかもしれません。そして放置してしまい、考えるのをやめた結果、誰もが望まない状況になってしまいました。遺言書の作成は、先に行っておくべきことです。
誰も認知症にはなりたくありませんから、「なりたくない=ならない=大丈夫だ」と思ってしまうのでしょう。遅くとも、少しでも物忘れが出てきた時点で考えるべきです。
遺言書を書くにあたっては、事例でご紹介したような認知症テストがあり、それをクリアしなければ遺言を書くことはできないということを知っておいてください。
叔父と甥の関係にも注意
叔父と甥(実兄または実弟の子ども)の関係で、叔父が「俺が死んだら甥に財産を残す」と口約束だけをした場合も、遺言書が必要なケースと言えます。叔父が存命のうちは、何の疑問も持たずにいたとしても、叔父が叔父の妻よりも先に亡くなった場合、財産はすべて叔父の妻にいくことになり、甥は法廷相続人にはなりません。このような場合にも遺言書を書いておく必要があります。
家族関係が複雑で、財産をどこに引き継がせていくか、決まらないケースも増えています。離婚した後に2回目、3回目の結婚をすることも珍しくなく、それぞれの子どもがいることもあります。例えば、3回目に結婚した妻との間にできた子どもに継がせたいとして、1回目、2回目の結婚でできた子どももいるのであれば、それぞれの関係はどうなるでしょうか。子ども全員が相続人であり、財産の分割をどうするかは父親以外にはできないことです。
また、相続財産は夫婦で共に築いた財産であり、財産分与も家族の中できちんとするべきだという考え方が今は主流になってきています。遺言書や遺産分割協議書について改めて見直すべき時がきているのかもしれません。
遺言書を書いてもうまくいかないこともある
最近、遺言についての問い合わせが増えています。私は遺言書を書いたほうがいいと言い続けてきましたので、少しずつ増えているのは良い傾向だと思います。ただし、遺言書を書けば相続が必ずうまくいくかというと、実はそうではありません。
先代が書いた遺言書のとおりに引き受けて、他のきょうだいにも不満がない状態であれば問題ありませんが、2、3人の子どもの間で揉めることがあります。遺言書は遺言書、権利は権利という考え方のもと、それぞれ遺留分を請求するケースもあります。そのため、遺言書を書く前にどれだけ家族会議をするかがとても重要です。税理士が家族会議に立ち会うケースも増えています。配偶者と子ども全員が家族会議に出て、皆が納得できれば問題が起きることはほとんどありません。場合によっては、全員の目の前で遺留分は請求しないことを約束してもらい、最後にその旨を書き記しておくこともあります。
遺留分の放棄は、裁判官の審判を受けて許可を得る許可制です。裁判所の文書にも、放棄する前に遺留分相当額を分けておくように書かれています。遺留分は保護のために法律としてあるものなので、裁判所も勝手に許可は出せません。
今は長子相続という昔の考え方がかなり否定的に見られていることに留意する必要があります。分割協議でも遺言書でも、子どもそれぞれが本来もらえる最低の権利だけは保護するという思想のもとに書くべきなのです。