レコードやCDなどの音楽を最高の品質で再現するために、
オーディオ機器や周辺アイテム、電源にまでにこだわる。
そんなピュアオーディオの愛好家たちが最後にたどり着くのが、「音を聞くための空間づくり」です。
その最適解の一つが「石井式リスニングルーム」という画期的なアプローチです。
実現が難しいとされるこの手法に、ダイワハウスがどう挑んだのか、
音の研究員、建築士、そして家を建てられたお客さま、3者の視点から前編・後編にわたってご紹介します。
Profile
総合技術研究所 住宅技術研究部環境設備グループ 主任研究員
玄 晴夫
石井式リスニングルームの革新性
石井式リスニングルームとは?
「石井式リスニングルーム」とは、長年スピーカーの開発に携わってきた石井伸一郎さんが提唱するオーディオ再生に特化したオーディオルームです。アメリカの映画スタジオでも採用実績があり、まさに究極の音空間といえるかもしれません。
黄金比とバランスを導き出す
オーディオファンの中には、音に満足できず次々と高価な機器に買い替える方がいらっしゃいますが、石井さんは、いくら評価の高い機器を組み合わせても良い音が出ない場合、「その原因はほぼ100%、部屋にある。機器やケーブルを換えても音が良くなることはまずない」と断言します。しかし、音のいい部屋を設計するには非常に複雑な計算が必要で、古今東西、多くの専門家が試行錯誤してきました。
その中で石井式リスニングルームが画期的な点は、「部屋の寸法の黄金比」と「吸音と反射のバランス」を理論と膨大なシミュレーションに基づく実験によって導き出したところにあります。そして、その黄金比やバランス、さらにはクラシックやジャズなどジャンルごとに最適な残響時間に合わせた設計手法を惜しみなく公開されています。
理論と実験に裏打ちされた石井さんのアプローチは、ダイワハウスで長年「音」を研究してきた玄(げん)にも大きな影響をもたらしました。
音の専門家が抱くフラストレーション
ダイワハウスは、自社に音の専門家がいる珍しいハウスメーカーです。玄は、その最前線で防音室の開発や住宅設計時のアドバイザーとして活躍。開発の過程では、音響メーカーの試聴室や音楽スタジオなど、さまざまな音空間を体験してきました。ところが「どこも最良の音に思えなかった。この釈然としない気持ちは自分だけが感じているんだろうか」と長年疑念を抱いていました。そのフラストレーションを晴らしてくれたのが石井式リスニングルームでした。
石井さんに直接教えを請う
石井さんが設計手法を公開していることを、玄は「料理業界で秘伝とされてきたレシピを、最高峰のシェフが初公開したようなもの」と例えます。評判は以前から知っていましたが、ある時、「これから建てるダイワハウスの家に石井式を取り入れたい」というお客さまが現れ、玄は「ついに私が石井式をつくることになるのか」と感慨を覚えたといいます。
設計にあたり、玄は石井さんに教えを請います。そして初めて石井式リスニングルームで音を聞いた時、「なんだ、この音は!今までと全く違う!」と仰天。小学生の頃からオーディオ機器を買い集めてきたオーディオファンの一人であり、長じて専門家になった玄が、ついに長年求め続けていた答えに出会ったのです。
二人は音響の専門家同士で共感することも多く、玄は、理想のリスニングルームをいかにして実現するか、石井さんの思想と手法を間近で会得することができました。
石井式リスニングルームの極意
石井式の大きな特徴
それでは、石井式リスニングルームの最も大きなポイントである「部屋の寸法比」、「吸音面と反射面の交互配置」について見ていきましょう。
部屋寸法の黄金比
オーディオルームが立方体だった場合、特定の音の波長が部屋の中で反射し合って強調されてしまいます。例えばドレミファソラシドの「ソ」の音だけが際立つ、といった事態が起きることに。この癖も石井式の黄金比なら大きく改善できます。
石井式では、部屋は直方体で、辺の寸法比を「1:0.845:0.725」にするよう推奨しています。壁の長辺が1、短辺が0.845、天井高が0.725。こうすることで特にコントロールが難しい低音域の特性が平坦になり、変な癖が抑えられるようになります。
吸音面と反射面の交互配置
壁に吸音面と反射面を交互に配置することで、厄介な定在波(定常波)を改善します。定在波とは、一定の位置で振動し続ける波のことで、特定の音が大きくなったり消失したりする現象を引き起こします。
石井式リスニングルームでは、吸音面と反射面の最適な面積や配置を割り出すことで、この定在波の問題を相当量、低減しました。
ただし、石井さんは「定在波は非常に頑固で、壁や天井を少々傾けようが、吸音材を入れようが、なくすことはできない。無響室にしない限り無理だ」といい、その中で最良と考えられる一定の方式を導き出されました。
さらに、クラシックやジャズなど、ジャンルごとに異なる推薦残響時間に近づけるため、部屋の平均吸音率(部屋全体の表面積に対する吸音部分の面積の比)も提示されています。クラシックをよく聞く部屋なら吸音面積は14%、ジャズなら19%、ホームシアターは24%に。とてもわかりやすい指針です。
反射面は天然木、床はコンクリート直張り
他にも、壁の反射面には音質的に好ましい天然の木を使うこと、スピーカーを置く床は振動対策として強度の高いコンクリートまたはコンクリート直張りのフローリングにすることが特徴として挙げられます。
石井式とダイワハウスの融合
ダイワハウスの「防音」と石井式の「調音」
ダイワハウスはこれまで、防音室「奏でる家」と呼ぶ空間を多く手掛けてきました。音楽家が楽器を演奏するための防音室。リモートワークやぐっすり眠るための静音室。そこで磨き上げてきた「防音」の技術を、石井式の「調音」技術と融合させ、「石井式リスニングルームのある家」を実現しています。
黄金比の天井高
石井式リスニングルームの力を最大限に引き出すには、高い天井が不可欠です。ダイワハウスの注文住宅xevoΣ(ジーヴォシグマ)シリーズは2m72cm※という伸びやかな天井高を実現していますが、石井式は1・2階吹き抜け程度の天井高を要します。記事の【後編】でご紹介するお住まいでは、約18帖の部屋に対して天井高は約4mになりました。その高さをどのように確保したか、【後編】で詳しくご紹介します。
※天井高は2m40cm、2m72cm、さらに2m80cm、3m8cmと3m16cm(1階のみ)の仕様を選ぶことができます。天井高については間取りや建設地、建築基準法(法令)等により、対応できない場合があります。
吸音と反射
吸音面と反射面を交互に配置する方法は、ダイワハウスの快適防音室「奏でる家」でも取り入れています。「奏でる家」では独自の吸音アイテム「オーディオチューン」を壁面に配置。このオーディオチューンを石井式リスニングルームでも用い、石井式が理想とする吸音面を構成しています。
反射面には、石井式の考えに沿って木材を推奨。【後編】でご紹介するお住まいの壁には無垢材を張りました。
防音
防音には、ダイワハウスがこれまで培ってきた技術やアイテムをフルに活かしています。壁の裏に張り巡らせた防音材をはじめ、防音ドアや防音窓なども活用。換気扇や空調の換気口からも音が漏れるため、配管を長くして音が外に出にくい設計も行っています。
オーディオ用のきれいな電気をつくる蓄電池
ダイワハウスからは、オーディオにとって「理想の電源」といわれる蓄電池をご提案しました。通常の電源は、他の部屋の利用状況によっては電圧が不安定になり、ノイズが混入します。その通常の電源が「水道水」だとすれば、オーディオ専用電源の蓄電池から供給される電気は安定していて、クリアな「ミネラルウォーター」のようなもの。ミネラルウォーターで入れたおいしいコーヒーのように、澄んだ音を味わえるようになりました。
空間設計
一般的なオーディオルームは窓のない圧迫感のある部屋になりがちですが、ダイワハウスがつくるのは豊かな住空間の一部となるオーディオルームです。光を取り込む窓、くつろぎをもたらす内装や照明、最適な動線など、空間としての美しさや居心地の良さ、他の部屋との関係性まで考え、オーディオルームと建物を一体設計しています。
他社での採用事例が少ないのはなぜか
石井式リスニングルームの考え方や手法は、誰でも見られるように書籍やWEBサイトなどで公開されていますが、実際につくるのは大変難しいといわれます。他社での採用事例が少ない理由を、玄は次のように分析します。「石井式のルールをどこまで守るべきなのか、どこまでアレンジしても許されるのかが、ほとんどの人にはわからないからでしょう」
玄のように石井さんに直接学び、設計のポイントを熟知した技術者は、そう多くはいないでしょう。しかも石井式の設計は、通常の家づくりの何倍もの手間と時間がかかります。オーディオルームに空間を多く割くと、他の空間を諦める必要もあるかもしれません。「だからこそ、家を建てるお客さまにも、私たちダイワハウスにも、建てる覚悟が必要なんです」と玄は語ります。
【後編】では石井式リスニングルームの実現に強い意志で臨んだオーナーさまと設計者が登場し、石井式の魅力を解き明かしていきます。