賃貸住宅経営を行う上で、注意すべき指標とは
公開日:2024/03/29
賃貸住宅経営を長期的に行い、収益を確保していくためには、ほかの事業と同じように、いくつかの「経営指標」を持ち、常に確認しておく必要があります。
基本となるのは、「NOI(営業純利益)」
賃貸住宅経営を行ううえで大切なのは、所有する賃貸住宅がどれくらいの利益を生み出すのかを把握することです。この利益を見る指標が、「NOI(Net Operating Income:営業純利益)」で、基本の指標のひとつです。
満室となった場合の賃料から、空室の損失、そして賃貸住宅経営を行うための運営費用、例えば、管理手数料、公租公課(経費にできる税金や、国や地方公共団体に納める負担金)、光熱費、修繕・原状回復費、点検費、広告費、客付手数料、通信費、火災保険等を差し引いて計算します。
NOI(Net Operating Income)
営業純利益=満室賃料-空室損-運営費
そして、この営業純利益から借入返済を差し引くと「税引き前キャッシュフロー(BTCF)」が算出されます。そして、税金を納め税引き後のキャッシュフローが満室の場合の賃料収入から税引き前キャッシュフローを算出するプロセスはキャッシュフローツリーと呼ばれます。
図:キャッシュフローツリー
この表の用語を説明します。
潜在総収入:GPI(Gross Potential Income)
総潜在収入とは、その不動産が満室稼働した場合に得られる年間家賃の総収入です。ただし、あくまでも入居者自身が支払う賃料の合計(管理費等は含みません)です。
空室損
空室損とは空室によって収入にすることができなかった損失です。どの程度が空室になっているのかを表す数値を「空室率」と呼びますが、空室による収支への影響はとても重要であり、経営する賃貸住宅の空室率を把握しておくことはとても重要です。
空室率を計算するときに、注意すべき点があります。空室率は、「現時点で10室の賃貸住宅のうち4室空いているので空室率は40%」という計算をするのではなく、長期(年単位)で考えるということです。その時点での空室率を時点空室率といいます。賃貸住宅経営は、長期にわたって行うものであり、空室率を「年単位」で計算し、毎年の空室率の変化を確認することができれば、より的確な空室対策を施すことができるでしょう。年単位で空室率を計算する場合の計算式は次のようになります。
空室率=(空室数×空室日数)÷(全体の室数×365日)
空室損をあらかじめ想定しておく際には、次の入居が決まるまでの期間は、間取り、賃料、地域によって異なることを想定しておいてください。また、管理会社のサポートによっても変わってきます。
運営費
賃貸住宅を長期的に経営するには、さまざまな運営費用がかかります。施設の規模や工法、築年数によって大きく変わりますので、どのような費用がかかるのかを把握しておきましょう。また、地域によっても価格は異なりますので、事前に調べておく必要があるでしょう。以下に主な運営費用を挙げておきます。
- 【主な運営費用】
- ・(管理を委託している場合の)賃貸管理手数料
- ・共用部光熱費(水道、電気等)
- ・定期清掃・ゴミ回収費
- ・火災保険料
- ・広告宣伝費
- ・客付手数料
- ・設備等の保守点検費
- ・原状回復費用・リフォーム費用
- ・インターネット回線費用
- ・租税公課(固定資産税、都市計画税、登録免許税、印紙税、会費や交付金)
リフォーム費用は、規模によって運営費として経費計上する場合と、高額な費用がかかるリノベーション工事(大規模修繕や間取り変更を伴うような工事)の場合とでは、会計上の処理が異なります。運営費としては主に修繕費までを計上します。
いずれにしても、賃貸住宅の品質を保つためには、定期的なメンテナンス、修繕は必要なことですから、長期的な修繕計画を立てて実行するようにしましょう。
借入返済:ADS(Annual Dept Service)
融資を受けた場合の年間の元利金返済の費用です。賃貸住宅経営者の多くは、融資を受けて賃貸住宅を購入したり、建築したりしますので、最終的な税引き前キャッシュフローは金融機関への元金と利息の返済金額を引いた金額となります。
返済は「借入額」「金利」「返済期間」で決まります。当然、借入額と金利が増えれば返済額が増えますし、返済期間を長くすれば、年間の返済額は少なくなります。
税引き前キャッシュフロー:BTCF(Before Tax Cash Flow)、税引き後キャッシュフロー:ATCF(After Tax Cash Flow)
NOIから借入返済を差し引くと税引き前キャッシュフロー(BTCF)となりますが、最終的に手元に残る収益を算出するには、税引き前キャッシュフローから所得税等の税金を差し引く必要があります。そこで出た数字が、税引き後のキャッシュフローということになり、ようやく実際にキャッシュとして手元残る金額が算出されるわけです。税引き後キャッシュフローがマイナスになっていると、どこかに問題がある場合が多いので、各数値を見直し、専門家に相談しながら、対策を練る必要があるでしょう。
なぜ、「表面利回り」だけでは不十分なのか
賃貸住宅経営を含めた不動産投資市場の中で、よく耳にする言葉が「表面利回り」です。投資物件の広告等でも、「表面利回り○○%」といった表現を目にすることも多く、表面利回りが高ければ、収益力も高いと判断してしまいそうです。
ただし、この表面利回りという数字は、単純に年間の満室想定賃料を賃貸住宅の金額で割った数値のことですから、賃貸住宅経営の実態を表している数値とはいえません。
表面利回り【%】=年間満室想定賃料÷賃貸住宅金額×100
日本国内の不動産投資において、利回りを表現する際は、この表面利回りで表示されるケースが一般的です。しかし、保有期間中に年間を通じて満室を維持できることは現実的にありえませんし、空室期間は発生するものです。また、賃貸住宅経営においては、前述したように施設の金額以外にも様々さまざまな運用費用が発生します。したがって表面利回りを実際の賃貸住宅経営に期待するのは現実的ではありません。
表面利回りだけを見て、その利回りで投資の回収ができていると思い込んでしまうと、予測とは全く異なる結果になった場合、トラブルになってしまうケースがありますので、注意が必要です。
不動産投資や賃貸不動産経営は、定期預金等とは異なり、リスクを伴うものです。地域や場所、条件によって異なりますし、不動産に同じものは二つとしてありません。所有する賃貸施設が常に満室に近い状態で稼働できるケースのほうがむしろ少ないでしょう。
さらに、繰り返しになりますが、賃貸不動産経営には、さまざまな運営経費も発生します。実際の経営を考慮した指数の把握が必要となるわけです。
「満室賃料-空室損-運営費」で求めた、「NOI」を所有する施設の収益力と判断し、そこから借入返済を引いて、「税引前キャッシュフロー」を算出してください。そこから所得税などの税金を納めることになります。
総収益率:FCR(Free and Clear Return)
投資に使ったすべての費用も含めた収益を算出することができれば、事業全体の数字を捉えることができます。そのためには、NOIに対し、施設の購入金額に購入諸費用を加えた総投資金額で割って求められる「総収益率(FCR:Free and Clear Return)」を算出します。
総収益率(FCR)【%】=営業純利益(NOI)÷総投資金額(施設金額+購入諸費用)×100
「総投資金額」ですから、単に施設の購入金額だけではなく、「購入時に投下したすべての金額」を指します。仲介手数料や登記手続きを依頼するための司法書士への報酬、ローンの際の事務手数料や保証料等含めます。
表面利回りだけではなく、経営の実態を表した指数を把握することで、長期的な経営を行うことができるようになるでしょう。
イールドギャップ
不動産投資の指数に関する用語として、「イールドギャップ」という言葉があります。イールドギャップ(Yield gap)とは、「投資利回り」と金融機関からの「借入金利」の差を指します。
例えば、価格が1億円の収益不動産を購入し、年間の家賃収入が800万円だったとすると、投資利回りは、「800万円÷1億円×100=8.0%」となります。金利3%で金融機関から借入を行ったとすると、イールドギャップは、「8%-3%=5%」という計算となります。
1年間の「営業純利益(NOI)」を施設の購入価格で割った数字のことを「実質利回り」ともいいますが、イールドギャップを実際に算定する際は、借入総額に対して年間いくらの返済が必要かを示す「ローン定数」(ローン年間返済額÷ローン残高×100)を算出し、投資総額に対する実質的な収入を示す「実質利回り」との差を求めることで導きます。計算式にすると、以下のようになります。
イールドギャップ(%)=実質利回り(%)―ローン定数(%)
表面利回りからローン金利を差し引いただけの場合、「返済期間」の要素が入っていないため、キャッシュフローに違いが出てきます。ですから、正確なイールドギャップを求めるためには、「返済期間」まで考慮する必要があります。この算式であれば、ローン定数として1年間の返済額を使用しますので、返済の期間によって変わってくることになります。ローンは返済が進めば計算式の分母であるローン残高が減るため、ローン定数は大きくなっていきます。
キャッシュフローをより良くするためには、イールドキャップをより大きくする必要があります。そのためには、ローン定数を低くすること、つまり、自己資金を増やす、より低金利で借りる、融資期間をより長期にすること、そして実質利回りを上げる(効果的な賃貸住宅経営を行うこと)ことです。
このように、イールドギャップは、ローン返済を考慮した不動産投資の収益性、キャッシュフローを把握できるため、賃貸住宅経営全体のバランスを見るうえでも効果的な指標であるといえるでしょう。
ただし、数字上のイールドギャップだけで判断するのもリスクを伴います。ご入居者に選ばれ続ける資産価値のある賃貸住宅施設であることが、何よりも重要です。