京都・東山の麓に広がる岡崎地区。
ランドマークともいえる平安神宮の大鳥居のすぐそばに、
現存する国内最古の公立美術館建築である京都市京セラ美術館が佇んでいます。
今回は、大規模リニューアルを経て生まれ変わった同館の建築的価値を解き明かしながら、
現代と過去、アートと人が重なる場の空間づくりについてご紹介します。
歴史を引き継ぎ文化を育む美術館
琵琶湖疏水が潤いをもたらす京都・岡崎地区には、京都府立図書館や京都国立近代美術館などの文教施設が集中しています。中でも京都市京セラ美術館は、京都の文化芸術を担う中核的存在として岡崎の文化的景観の形成に寄与し、多くの人々に親しまれてきました。
開館は1933(昭和8)年。基本設計は公募によって選定された前田健二郎のものです。クラシカルな洋風建築に日本趣味の屋根をかけた「帝冠様式」と呼ばれるスタイルで、ファサード中央には寺社仏閣やお城の天守閣などでよく見られる千鳥破風(ちどりはふ)が設けられました。和洋の意匠が見事に融合した風格ある佇まいが目を引きます。本館は現存する日本の公立美術館建築の中で最も古く、歴史的・建築的価値の高い美術館といえるでしょう。一方、開館から80年以上の歳月を重ねた建物や設備は老朽化が進行し、加えて展示スペースや基本的なサービス機能の不足などが課題に挙がっていました。これらを解消するため、2018年に大規模改修工事がスタートしたのです。
「像を重ねていく美術館」。生まれ変わった京都市京セラ美術館をそう表現するのは、リニューアルの基本設計を手がけ、同館館長に就任した建築家の青木淳さんです。美術館がこれまで重ねてきた時代の層を引き継ぎつつ、新たな「像」を加えられないか。創建時のデザインの流儀を守りながら埋もれていた建物本来の価値を掘り起こし、現代にふさわしい美術館へとアップデートさせました。
リニューアル前にメインエントランスとして使われていた西玄関。重厚な階段や床面のタイルは創建当時の姿のまま
新たな役割を付加し継ぎ目なく馴染(なじ)ませる
美術館の新しい顔となるのは、西玄関の地下部分を掘り下げて新設した「ガラス・リボン」。ガラスの展示台に重厚な建物が載っているようにも見え、歴史の積層を感じられます。ガラス・リボンの前にはなだらかな傾斜をつけ、スロープ状の広場「京セラスクエア」を整備しました。岡崎地区の回遊性を向上させ、人々の交流やにぎわいを創出する憩いの空間となっています。
本館の中心に位置する旧大陳列室は、各展示室や新館へ自由に往来できるハブの役割を持った「中央ホール」に改装されました。それによりメインエントランスから建物東側の日本庭園へと抜ける東西の動線が強調され、人々の行き来が加速しました。地下と中央ホールをつなぐ大階段と、2階へのらせん階段、各所へのスムーズなアクセスを可能にするバルコニーは、今回のリニューアルで新設されたものだというから驚き。ホールの内装との親和性がとても高く、もともと備え付けられていたかのようなデザインです。
また、長年来館者の目に触れることのなかった本館内部の2つの中庭も、多機能空間へと生まれ変わっています。北側の「光の広間」はガラス屋根をかけ屋内空間化し、レセプションやイベントの会場として活用できるように。南側の「天の中庭」は館内で外気に触れられるオープンなスペースで、展示やくつろぎの場としてよみがえりました。
エレガントな印象を与える中央ホールのらせん階段。白の壁面に木の床や手すりが映えるナチュラルな空間です
本館北回廊に囲まれた中庭「光の広間」。ガラス屋根から差し込んだ光をよく反射するよう、床はホワイトオークで仕上げています
右:増築部と接続する旧東玄関の扉。華やかな彫刻が施され、格式の高さがうかがえます
左:格子を組んで作られる「格天井(ごうてんじょう)」にアールデコ調のステンドグラスがはめ込まれた西広間の天井。和と洋が調和した印象的なデザイン
Photo: Koroda Takeru
和と洋の意匠が融合した建築様式に、ガラスという現代的な要素を組み入れたファサード
時を超えて生まれる建築美
東山キューブ外観
本館のレンガタイルと色味・サイズを合わせたタイルで仕上げ、一体感を演出。埋め込まれた金属片に太陽光やライトアップの光が反射し、見る角度によって表情が変わる外観となっています。
中央ホールらせん階段とバルコニー
既存の内装デザインの流儀を踏襲した上で、なめらかな曲線が美しいらせん階段やバルコニーを新設。シンプルながら上品な印象のある意匠が、違和感なく溶け込んでいます。
照明器具
18種類、93個の照明が創建時のまま現存していました。美術館内の意匠を継承するため、修理を施して当初の位置で活用しています。写真は西広間の階段を照らす、六角柱状のブラケットライト。
床面のタイル
至るところに繊細なデザインのタイルが用いられており、破損部以外はできるだけ残しています。西広間の床を彩るのは、高い技術と美しさで知られる京都産の「泰山(たいざん)タイル」です。
人々が自然と集い交流が生まれる美術館
新設されたカフェやミュージアムショップでのんびりとティータイムやショッピングをして過ごしたり、新館の東山キューブの屋上「東山キューブテラス」で眺望を楽しんだり。来館者は思い思いの過ごし方で美術館という空間を活用しているようです。
ミュージアムカフェ「ENFUSE(エンフューズ)」からはガラス・リボンを介して隣接する岡崎公園の緑を眺められます
Photo: Koroda Takeru
東山キューブの屋上「東山キューブテラス」。お弁当を持ち込んだり読書をしたりと、岡崎の四季折々の景色を眺めながら自由にくつろげます
「開かれた美術館へ」という考えのもと、展覧会やコレクションルームの会場以外は入場券を持たずに自由に出入りできるパブリックスペースとなっています。建物に「余白」や「たまり」を設けたことで人の流れや憩いの空間が美術館内外に生まれ、「美術作品を鑑賞する場所」という役割を超えたにぎわいの創出につながりました。それを裏付けるように、リニューアル後の展覧会入場者数(2022年度)は年間約99万人なのに対し、無料エリアを含めた総来館者数(同)は年間約141万人にも上ります。
美術館の役割の一つである教育普及活動はリニューアルを機に「ラーニング・プログラム」と名を改め、再編されました。ラーニング・プログラムの拠点となる「談話室」はカラフルな椅子が置かれたリビングルームのような空間です。コレクション作品をいつもとは異なる視点から楽しむためのワークシートなどが常時設置されており、子どもから大人までが気軽にアートに親しめる場となっています。
新旧の対比を際立たせるのではなく、新旧が巧みに入り交じった建物へと変えた今回のリニューアル。再び動き出した京都市京セラ美術館の姿は、次なる歴史となり、訪れる人々の記憶に刻まれてゆくことでしょう。
かわいらしいフォルムの「トリドリ・スツール」が並ぶ談話室。スツールの座面はマンホールのふたをリメイクしたもの
東エントランスロビーのベンチに腰掛けて、東山を借景とする日本庭園をゆっくりと味わえます
建築家 青木淳さんによる基本設計のもとリニューアル
談話室に置かれた模型。美術館の全体像が分かります
Photo: Maetani Kai
PROFILE
京都市京セラ美術館 館長
青木 淳さん(あおき じゅん)
建築家。代表作に「青森県立美術館」「ルイ・ヴィトン表参道」など。公共建築、商業建築から個人住宅まで、広範な建築ジャンルでの設計を行う。京都市京セラ美術館リニューアル基本設計者(西澤徹夫との共同)であり、2019年4月より同館館長に就任。
Photo: Koroda Takeru
取材撮影協力
〒606-8344
京都市左京区岡崎円勝寺町124
TEL/075-771-4334
開館時間/10:00~18:00
※最終入場時間は展覧会により異なります
休館日/月曜日(祝・休日は開館)、年末年始
INFORMATION
ミュージアムカフェ ENFUSE
TEL/075-751-1010
営業時間/10:30~19:00(L.O.18:00)
定休日/美術館休館日に準ずる
ミュージアムショップ ART RECTANGLE KYOTO
TEL/075-757-6996
営業時間/10:30~18:30
定休日/美術館休館日に準ずる
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