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旧柳宗悦邸(日本民藝館西館)

真心の美に触れる

無名の職人によって生み出された工芸品に美を見いだし、
「民藝運動」(1926~)を展開した思想家・柳宗悦。
運動の拠点となった日本民藝館では柳自ら設計した自邸が公開されています。
固定観念や既存の知識にとらわれず、
美の生活化を唱えて実践した、彼の歩みをご紹介します。

柳宗悦(やなぎむねよし)が光を当てた“民藝”の美

東京23区のなかでも緑豊かで文化施設が多い駒場。住宅街が広がるこの地に、重厚ながら優美さを感じさせる二つの和風建築物が佇(たたず)んでいます。日本民藝館本館と西館。1926年に始まり今日まで続く民藝運動は、ここを拠点に展開されました。運動の中心人物であり、初代館長を務めたのが、日本を代表する思想家・柳宗悦(1889~1961)です。

若くから文化活動に情熱を傾けていた柳宗悦は、学習院高等科(旧制)在学中に文芸雑誌である『白樺』の創刊に参加。ゴッホやルノワールなどの西洋美術画を紹介し、美への知見を深めながら旺盛に活動していました。

ある日、後に朝鮮古陶磁の研究者となる浅川伯教(のりたか)が、小さな朝鮮陶磁器の壺(つぼ)をお土産に持ってきました。単なる日用品に過ぎない壺ですが、柳宗悦はその美しさに感銘を受けます。民族固有の造形美の、なんと麗しいことか。それを生み出した人々への敬愛の心はやがて日本国内にも向かい、国内外の工芸品収集、調査、執筆活動に傾倒していきました。

1朝鮮工芸に関心を寄せるきっかけとなった染付秋草文面取壺(18世紀前半 朝鮮半島) 日本民藝館蔵

当時、生活の中で使われていた工芸品は、精巧な高級品(上手物(じょうてもの))に対して、「下手物(げてもの)」と呼ばれ、名もなき職人に光が当たることはありませんでした。しかし柳宗悦は、自らの名誉や利益のためでなく使う人のことを思って堅実に、使いやすく作り上げられた工芸品にこそ「無心の美」を見いだせると考え、新たな名前を考案しました。「民衆」と「工藝」を合わせて、「民藝」。美の対象として考えられてこなかった工芸品を、豊かな美相を宿す「民藝」としてとらえ直すことで、柳宗悦は世の中に新しい美的価値観を提案したのです。

民藝の美に実際に触れる場を設け、人々にその美しさを伝えたい。そうした思いから、柳宗悦は実業家大原孫三郎らの支援と陶芸家の濱田庄司や河井寛次郎らの協力を得て、1936年に日本民藝館を開設。柳らによって古今東西から集められた工芸品は一万七千点にも及び、国内外で高く評価されます。こうして民藝運動は、やがて日本の近代工芸界に一大ムーブメントを起こすきっかけとなりました。

小上がりの和室と一続きになった食堂。和洋の巧みが見事に融合しています

生活の美を実践した柳宗悦の自邸

日用雑器に美を見いだし、生活と美の結合を目指した柳宗悦。その考えを実践する自邸を、日本民藝館本館が完成する前年の1935年に建築しました。従来の建築様式にとらわれることなく美しいと感じるものを取り入れた住まいには、洋の東西を問わずさまざまな美が調和しています。

柳邸を象徴する威風堂々とした表構えの長屋門は、栃木の豪農から購入して移築したもの。国の有形文化財にも登録されている貴重な建築です。大谷石(おおやいし)を用いた重厚な瓦、それを支えるための太く力強い梁(はり)、清廉な印象を与える白い漆喰(しっくい)壁。大胆さのなかに繊細さが感じられます。

長屋門内部は南側が応接室、北側が音楽室に改装されています。音楽室では妻で声楽家の兼子がコンサートを開くことも。優雅な歌声が今にも聞こえてきそうな、上品な佇まいの部屋です。

栃木県で産出される大谷石でつくられた瓦屋根。その厚みと力強さに圧倒されます

太い梁の荷重を分散させるために設置された「かえる股」

歴史を感じさせる壮麗なつくりの長屋門。移築の際には栃木の職人も大勢参加しました

常識にとらわれない自由な設計

19世紀初期の仏製ピアノが置かれた音楽室

柳宗悦が自ら設計した母屋は、面を取った引き戸の桟や球形の照明など、丸みを帯びたデザインが特徴。機能性についても熟慮されており、明るい南側に障子、暗い北側にすりガラスを用いて自然光を十分に取り込めるつくりになっています。

運動の仲間や各地の職人といった来訪者たちと語り合った食堂は、隣りの和室をつなげて大勢で食事できるようになっています。椅子座の人と視線が合うよう和室の床は小上がりに。現代にも受け継がれる和洋折衷のスタイルを、時代に先駆けて取り入れていました。

自らデザインした書棚が三方を囲う書斎。珍しい奇数の障子を採用するなど、細部にまでこだわったつくり

2階に上がると、中央に柳宗悦が長い時を過ごした書斎が据えられています。造り付けの書棚には、柳の知的好奇心の幅広さを表すさまざまな書物が並びます。後世に影響を与えるあまたの著作物が生み出された机は、民藝運動の同志である木工家、黒田辰秋の作品。古い書物の香りとともに、この部屋で思索にふける主の気配が漂います。

2階の西側に配置されたのは3人の息子たちの部屋。長男・宗理(そうり)の部屋には造り付けのベッドが設けられ、その上の収納棚は隣の弟の部屋と共用になっています。当時は珍しかったこのような工夫は、息子たちの心に大いに影響を与えたことでしょう。独創的かつ趣深い家で育った宗理は、後にプロダクトデザイナーとして昭和史に名を刻みます。

築後80年を経てもなお古さを感じさせず輝きを宿すのは、優れた審美眼をもって築かれたからであり、ここを訪れる多くの人に愛されているからでしょう。住居としての役目を終えた後、有志たちによって整備され、2006年より日本民藝館西館として公開されました。生活の美を実践した住まいは、柳宗悦の理念を今に伝えています。

玄関内部の天井には、力強い直線が美しい化粧垂木と、柔らかい印象を与える球状の照明が

日当たりの良い1階南側の客間は母の部屋。付書院がある和室に繊細な装飾が施されています

人を惹きつける民藝運動のカリスマ

自邸建築後、日本民藝館が完成すると、ここを拠点に北海道から沖縄まで柳宗悦の収集の旅は続きました。その過程で、政府が進めた沖縄での標準語励行運動を批判したり、アイヌ民族や台湾先住民の工芸文化保護を提言したりするなど、民藝運動のリーダーとして“物言う姿勢”を貫きました。

このような姿勢は、志を同じくする人々から尊敬を集めます。イギリス人陶芸家・画家のバーナード・リーチ、染色家の芹澤銈介(けいすけ)や版画家の棟方志功(むなかたしこう)、木工家黒田辰秋といった、日本の近代工芸に寄与してきた人々もまた、柳宗悦の意志に共感し、人柄に惹かれて運動に参加しました。

また、旅先で出会った職人たちにも、柳宗悦は敬われていました。丁寧で丹精がこめられた工芸品を、独自の審美眼で評価。それまでスポットライトを浴びることがなかった職人たちへの励ましや称賛の言葉は、彼らの胸に深く刻まれました。没後50年以上が過ぎた今でも、日本各地で柳宗悦を尊敬する職人の声を聞くことができます。彼の言葉を糧に、誇りをもって技を磨き、技法を弟子たちに伝えていく。柳宗悦が示した姿勢や発言は、今でも民藝を支えているのです。

時代を超えた民藝の美

昭和初期から半ばにかけて民藝運動は広がり、日本各地に民藝館が建てられました。1931年には雑誌『工藝(こうげい)』、1939年には雑誌『月刊民藝』(のちに『民藝』と改題)を発刊。民藝の美しさを全国の人々に伝えたいと考えた柳宗悦の思いは、こうして結実していったのです。60歳で自邸を含めた一切の財産を日本民藝館に寄贈するなど、生涯を民藝運動に捧げた柳宗悦は、1957年に文化功労者に選定。その後72歳で生涯を終えるまで、美の探究を止めることはありませんでした。

工芸品は使用する人を思う一心でつくられるからこそ、その美しさは普遍的だと説いた柳宗悦。大量生産の高度経済成長期、ブランド品偏重のバブル期を経て、近年再び民藝品への関心が高まっています。それは民藝が、時代を超えて人の心をとらえるものである証明なのかもしれません。

暮らしに真心の美を。柳宗悦が一生をかけて広めた民藝の美は、私たちの日常にもきっと彩りを与えてくれるでしょう。

日本民藝館 所蔵作品(一部)

辰砂丸文角瓶 河井寛次郎作
1937年

観音経曼荼羅 本身の柵 棟方志功作
1938年

山に草花文小襖 芹澤銈介作
1935年

PROFILE 柳 宗悦(1889~1961) 思想家

東京都生まれ。東京帝国大学哲学科卒業後、朝鮮陶磁器をきっかけに無名の職人が作る民衆の日常品に魅了され、民藝運動を始動。日本民藝館の開設に尽力し、設立後は初代館長に就任。その後、各地への工芸調査や収集の旅、執筆活動などを展開した。

日本民藝館 ご見学情報

http://www.mingeikan.or.jp/

住所
東京都目黒区駒場4丁目3番33号
TEL
03-3467-4527

本館

開館時間
10時~17時(最終入館は16時30分まで)
休館日
毎週月曜日(但し祝日の場合は開館し翌日休館)、年末年始、陳列替え等に伴う臨時休館あり

西館(旧柳宗悦邸)

公開日
展覧会開催中の第2水曜日、第2土曜日、第3水曜日、第3土曜日に公開
開館時間
10時~16時30分(最終入館は16時まで)

取材撮影協力 / 日本民藝館

2019年3月現在の情報となります。

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