花に想いをのせて表現する日本の伝統文化、いけばな。
華やかで美しく、力強くもあるその姿は私たちの心を惹きつけます。
今回は、未生流(みしょうりゅう)中山文甫(ぶんぽ)会 中山高甫(こうほ)先生に
いけばなの魅力や歴史、華道家としての生き方について伺いました。
花に命を与え 滅びを見守る美学
花をいけるという行為は、生命力を与えること。切り花となった花に新しい命を与え、いかに生きているかのようにいけられるかが腕の見せどころです。
いけるときは、まず花の姿をよく見て、生き生きと見える角度を探します。シンプルに茎を切って挿すこともあれば、より美しく見えるよう力を加えて形を変える(矯(た)める)こともあります。
いけばなは本来、人をもてなしたり神仏に供えたりするためのものですが、その魅力は美しい花から得られる癒やしや、いける過程で花に向き合い精神を集中できることにもあります。また、個人的に花を飾り楽しむ場合に限っていえば、「枯れること」にも魅力を見出せると思います。華やかに咲いている時はもちろん私たちの目を楽しませてくれますが、やがてその美しさが少しずつ陰りを帯びて枯れていく様にも趣があります。そして、季節が変わるたびに出会う新しい花から刺激を受け、新しい美しさに巡り合うことができるのです。
いけばなには数多くの流派があり、それぞれに特徴があります。どの教室に入るか迷っている方は、展覧会などで作品の雰囲気をご覧になるのが良いでしょう。未生流では江戸時代に生まれた古典花「生花(せいか)」(床の間の写真参照)を「格花(かくばな)」と呼び、現代に継承しています。格花は「天地人」を表す直角二等辺三角形を基本としており、そのバランスは自由に花をいける際にも大切な基準となります。
和室の床の間に、重ねいけをしたナツハゼとキキョウの「格花」を。掛け軸とのバランスや位置関係、空間の美しさが重要
いけばなの発展の歴史
豊かな四季の移ろいがある日本には、古来より自然を敬い、草木とともに生きるという考えがありました。6世紀に大陸から仏教が伝来すると、仏や亡くなった人に花を供える「供花(くげ)」が広まりました。季節の花を切り、器に挿して飾る風習が、いけばなへと発展していきます。
室町時代、武家社会に書院造りの住まいが広まると、座敷には三具足(香炉、燭台、花瓶)という3つの飾りが置かれるようになりました。そのうち花瓶に花を立てたのが「立て花」で、いけばなの源流といわれています。安土桃山時代以降、広々とした城郭風の建築に合うスケールの大きないけばなが必要となり、立て花は一瓶(ひとへい)の中に自然美や森羅万象を表現する「立花(りっか)」へと発展します。一方では花型を定めず投げ入れたような様式も生まれ、茶の湯や、数寄屋造りの住まいが広まるにつれ、小スペースの床の間に飾る小ぶりのいけばなへと変化しました。
町人文化が花開いた江戸時代中期には「生花」が生まれます。主要な3つの枝を中心に構成される生花には、人と自然の調和を求める“天地人三才”という精神性が表現されていました。明治時代以降、西洋のアレンジメント文化に影響を受けたり、住まいに応接間が流行したりしたことから、水盤に花を盛るようにいける「盛花(もりばな)」が登場。自由な発想でいける近代いけばなが登場したのは大正時代です。
このように日本の伝統文化であるいけばなは、住まいの形態やライフスタイルの変化に合わせて姿を変えてきました。形は変わっても、共通するのは、余分な要素を取り去って花の美しさを最大限に生かす姿勢です。いけばなは今日、空間芸術のひとつとしても位置付けられ、日本から世界へと広がりを見せています。海外でも「IKEBANA」と呼ばれ、多くの人に親しまれています。
ニューサイランの葉は切り込みを入れて葉先を通し、くるりと動きをつけました。ヒマワリの黄色、ブルーレースフラワーの青、バラのピンクがお互いを引き立て合っています
暮らしの中にいけばなを
未生流中山文甫会は、私の祖父中山文甫によって未生流から分流、1954年に創立されました。中山文甫は伝統的な格花に、現代生活に即した「新花(しんか)」を加えて、創造いけばなの道を拓いた人物です。また、鳥の羽やビーズ、石などの異種素材を取り入れた前衛いけばなの先駆者でもありました。
お客さまを迎える玄関は枝もののヒメリョウブやヒメユリ、ナデシコをいけて華やかに
躍動感あふれるカキツバタの「格花」。三角形は「天地人」を表しています
分流後、文甫が提唱したのは「暮らしのいけばな」でした。未生流の精神を受け継ぎながらも、今までの習慣にとらわれず、現代に生きるいけばなを確立したのです。新品種の花や洋花を積極的に取り入れた新花は、いけばなとは床の間に飾るものという固定観念を覆し、生活空間に花を飾って楽しむ自由をもたらしました。また、北欧をはじめとするヨーロッパの器とのマッチングを幾度となく試み、いけばなに新たな価値と魅力を生み出しました。
文甫が建築家 武田五一(ごいち)氏に依頼して建てた兵庫県芦屋市の自宅には、華道家の理念がそのまま表れています。玄関、ホール、応接間、そして和室など、花を引き立て、花に引き立てられる場所がいくつも設けられています。
現在は登録有形文化財に指定されているその家には、今も中山文甫の想いが残っているようです。三代目会長を拝命した私が家の主として祖父の想いを受け継ぎ、日々花をいけ、飾り、暮らしのいけばなを実践しつづけています。
花に向き合う時は無になるという高甫先生。より美しくいきいきと見える姿を求めて、花と対話します
新しいいけばなの可能性を探る
祖父や父が華道家として活動していたため、自宅にはいつも花が飾られ、幼い頃から私にとって花は常に身近な存在でした。この道を志す以前から展覧会を見に行く機会もあり、斬新でクリエイティビティあふれる展示が若い私の心に焼き付いたものです。
大学生となり、この先自分が歩む人生を考えるようになると、いけばなの道をおのずと選ぶことになりました。自身が創りたいもの、表現したいことを、花の命を借りて表現できるクリエイティブさに惹かれて、華道家の道を選んだのです。
大学3年生から祖父の一番弟子に師事し、およそ2年かけて、教室で見本の花をいけられる技術を身につけました。当時から大きな作品をいけたり、教室で生徒が見やすいよう背面からいけたりと、人にいけばなを教えるための修業を積んできました。2019年、父の死去にともなって会長となり、現在に至ります。
いけばなを通じて、陶芸家やガラス工芸家、書家や建築家など、さまざまなジャンルのクリエイターと協働してきました。ある企画展では会場を一軒の家に見立て、オリジナルの家具や生活用品に花をいける試みをしました。これまでにない〝暮らしといけばなの融合〞を表現し、私にとって最も印象深い経験となっています。
今後は、旧家、寺院など、さまざまな建築を舞台に花をいけてみたいと考えています。何世紀にもわたるいけばなの歴史を受け継ぎ、これからもさらに発展させていく。華道家の挑戦には終わりがありません。
尾っぽのような曲線がユニークなフォックステイル、トルコキキョウ、オレンジのサンタンカなどを組み合わせた作品。ボリューム感のある貝形の花台に負けない存在感で玄関ホールを演出
初心者のための
いけばなQ&A
- Q初めて花器を買うなら、どのようなタイプが良いですか。
- A水盤と剣山をそろえるのがお勧めです。 水盤とは口が広く浅い器です。壁の色にもよりますが、色は白が合わせやすいでしょう。剣山はハードルが高いと感じられるかもしれませんが、容易に花の位置を固定できるので、初心者の方ほどお使いになると良いと思います。ある程度の口の広さがある花器なら、背の高さに関わらず剣山を底に入れて使えます。
- Q花器の素材や色の選び方を教えてください。
- A花材の色や季節に合わせて選びましょう。 花器の色は、花材を引き立てる色やボリューム、飾る場所の壁色などを考慮して選びます。夏ならガラスや竹、カゴなどの素材が涼し気で良いでしょう。冬は暖色系の陶器などを用いることが多いです。
- Qいけばなが上達する秘訣はありますか。
- A練習あるのみです。 上達のスピードには個人差があります。稽古を続けていると、ある時突然上手になることも。上手になるまでの過程も楽しみながら練習を続けてください。
- Qいけた花を長持ちさせるポイントは何ですか。
- A水換えを怠らないことです。 器の水量を毎日確認し、減っていたらさし水をします。水換えは、夏は2〜3日、冬は3〜5日に一度が目安です。花に元気がなくなったら切り口を切り直してください。
- Qフラワーアレンジメントと違うのはどんな点ですか。
- A花の出生を重んじることです。 いけばなは、花がどう生まれて育ってきたのかを重視します。その花らしさを大切にして、そこに生きているように見せることが、いけばなの特徴だといえるでしょう。
造り付けの飾り棚に3つのガラス花器をバランス良く並べて。
横方向に動きのある蔓性のサルトリイバラと、アストランチアをいけました
PROFILE
中山 高甫先生(なかやま こうほ)
「現代(いま)に生きるいけばな」を模索する流派、未生流中山文甫会の三代目会長。
書や陶芸、音楽など異分野とのコラボレーションにも積極的に取り組んでいる。
(公財)日本いけばな芸術協会 常任理事
https://www.bunpo.or.jp/
2021年6月現在の情報となります。