サプライチェーン
秋葉淳一の「CREはサプライチェーンだ!」 Vol.3 「当たり前を地道にコツコツ」実現したヨドバシカメラのロジスティクスシステム
公開日:2017/01/26
ヨドバシカメラとは
今回は、我々の重要なお客様の1社である「ヨドバシカメラ」の卓越したサプライチェーンについて紹介したいと思う。
ヨドバシカメラは、1960年に渋谷でカメラや写真用品を扱う店として創業し、現在では(2016年3月)、売上高:6,796億円、経常利益:512億円、店舗数:23店舗、従業員:5,000人を誇る企業へと成長した。
売上高は、(表—1)にあるように家電量販店業界の中で第4位であるが、店舗あたりの売上高は300億円に迫る、売上高経常利益率は7.53%と業界内他社が5%未満であることを考えると圧倒的な数字となっている。
売上高(単位;億円) (2016/5/12現在) |
店舗数 (2016/3/31現在) |
店舗当たり売上 (単位:億円/店舗) |
|
---|---|---|---|
ヤマダ電機 | 16,127 | 1016 | 15.9 |
ビックカメラ | 7,953 | 38 | 209.3 |
エディオン | 6,920 | 432 | 16.0 |
ヨドバシカメラ | 6,796 | 23 | 295.5 |
ケーズデンキ | 6,441 | 451 | 14.3 |
(表—1)家電量販売り上げ比較
「ヨドバシカメラ」には、「お客様の声で動く」という理念がある。
「夢を実現する糧はお客様の声です。 夢と現実にはギャップがあります。そのためにヨドバシカメラは、お客様の声で動きます。 お客様の声を最高の原動力として、ヨドバシカメラの価値観を通じて夢を現実にするために動きます。」(株式会社ヨドバシカメラホームページより)
これがヨドバシカメラを成長させ続ける原動力であり、後述する特色でもある。この理念に則り、我々消費者の声をもとに夢を現実としていく企業戦略と資産を活用したロジスティクス戦略について紹介する。
家電量販店とは
「家電量販店」というと、皆さんはどのような企業名を思い浮かべるだろうか?
このコラムで取り上げるヨドバシカメラを思い浮かべる人もいれば、ヤマダ電機、ビックカメラ、エディオン、ケーズデンキなど、皆さんの行動範囲、生活圏において目にしている店舗(ネット通販サイト含む)だったり、CMの音楽が頭の中を流れる企業だったりする人もいるだろう。あるいは、過去に利用した時のサービスや利便性が良かった企業なのかもしれない。
「家電量販店」の成り立ちは、大きく4つにカテゴライズされる。
電気街・パソコン店系(上新電機(業界6位)、ソフマップ(ビックカメラ子会社))
地域電器店系(エディオン(業界3位)、ケーズデンキ(業界5位))
郊外電器店系(ヤマダ電機(業界1位)、コジマ(ビックカメラ子会社))
カメラ店系(ビックカメラ(業界2位)、ヨドバシカメラ(業界4位))
このことからもわかるように、「家電量販店」の歴史は再編の歴史でもある。かつて私が子どものころは、家電メーカーの系列販売店(ナショナルショップ、東芝ストア)が自宅近くにあり、そこで生活に必要最低限の家電製品を購入していたものである。
それが高度経済成長の中で、各家庭で多くの家電製品が購入されるようになる。テレビ、エアコンも各部屋に、電子レンジやAV機器も当たり前のように置かれる。結果、消費者が多くの商品の中からメーカーにこだわらず、自分の必要とするものを価格も含めて比較して購入するようになった。この流れに乗って、家電量販店業界は大きく市場シェアを伸ばしてきたのだ。
しかし、その一方で業界勢力図は目まぐるしく変化してきている。
Windows95がIT業界に浸透しつつあったころ、コジマの店舗が次々に誕生していたし、業務で使用するパソコンを少しでも安く購入する為に、私は何度もソフマップの店舗に足を運んだものだ。そのコジマもソフマップも今ではビックカメラの子会社である。
詳細は割愛するが、ヤマダ電機は、かつて地域電器店系の雄であったベスト電器を子会社にしているし、ケーズデンキは、ギガスや八千代ムセン電機など多数の企業を、またエディオンも、エイデン、デオデオ、100満ボルトのど多くの企業の合併で誕生した量販店だ。
そしてまた、一旦落ち着いたように見える業界勢力図の変化が、Amazonを中心とするネット通販市場の急成長により、大きな変化、それも業界内に留まらない変化が起こる可能性が出てきたのだ。
これは言い換えれば、カメラ店系のビックカメラやヨドバシカメラが家電量販店大手として成長してきたように、全く別の事業を行っている企業でも業界勢力図を大きく変えるチャンスがあるということだ。そして、「売場」だけを考えている家電量販店のネット通販の売上部分だけであれば、それを超えることは難しく無いということだ。
このような変化の大きな業界において、ロジスティクスでも、ITでも、オムニチャネルでも注目を浴び続け、結果を出し続けているヨドバシカメラの戦略を覗いてみることにする。
ヨドバシカメラの特徴
ヨドバシカメラは前述したように、店舗あたりの売上高が他社に比べて高い。これは駅前立地(人口集積場所)に大型店を配置しているからだ。店舗数を少なくすることと大型店舗にすることのメリットはいくつかある。その一方で、リアル店舗だけの時代にはデメリットもあった。その最大なものは、お客様の目に触れる売場面積の確保である。
ユニクロでも洋服の青山でも、お客様の近くにロードサイド店を展開することで売上を伸ばし、首都圏を中心とした人口集積地への展開においては、ビルインでの店舗数を増やすことでお客様の目に触れる売場面積を増やしてきた。
では、ヨドバシカメラが駅前立地の大型店で活用したメリットは何か。その最大なものは、店舗に物流のデポとしての機能も担わせたことである。
駅前立地(人口集積地)にある大型店舗には、売場とバックヤードを合わせれば相当な店舗在庫が保管されている。この在庫を有効に活用する事で回転率を上げ、ムダな商品の動き(配送)も削減できる。物の流れ、商品供給の流れが非常にシンプルになるのだ。そして、店舗で買い物をするお客様とネット通販で買い物をされるお客様の商圏を重ねることができることも大きなポイントである。お客様が店舗で買い物をしても、ネットで買い物をしても同一店舗の商品が販売されることになり、いずれにしても、その店舗の売上成績になるということである。
実は、一般的に小売業では、店舗販売とネット通販での販売は、事業部あるいは本部が異なっており、ネットで販売された商品の取扱いを店舗の販売員が行うことは、売上はネット販売の事業部、コストは店舗販売の事業部という捻れが発生してしまい人事評価に影響を与えてしまう。企業における組織と人事評価制度にも関ることで、他の多くの企業ではオムニチャネルへの対応で一番苦労していることでもあり、なかなか解決できないことなのだ。
ヨドバシドットコムから見えるヨドバシカメラの強み
ヨドバシカメラにおいても、ネット通販勃興期にはネットでの販売をリアル店舗と横並びで、1店舗をネット店舗として扱っていた。物流も川崎の物流センターから全国へ配送していたのである。この扱い自体はリアル店舗での販売を続けていた企業ではどこでも同じだったし、ユニクロや洋服の青山でもそうであった。
その後、ネット通販の市場規模が大きくなり、一般の人にも普及しだすとヨドバシカメラでも当然のように売上は伸びた。しかし、冷蔵庫のような大物家電を川崎の物流センターから全国に配送していては配送コストが嵩んでしまい利益の確保ができない。「お客様の声で動く」という形で市場のニーズを把握する一方で「儲からないことはやらない(儲かる方法を考える)」というヨドバシカメラの理念からは外れてしまってきたのである。お客様のニーズにマッチしているからこそ市場規模が大きくなり続ける、といったネット通販に対応しないという選択肢が無いのであれば、如何にしてネット通販のムダなコストを圧縮するかに知恵を絞ることにしたのである。
その知恵の一つが、ヨドバシカメラの特徴でも記述した店舗に物流のデポ機能を持たせることであり、以前から継続して行っている自社運営の物流があり、倉庫スタッフの正社員比率が96%を超えるのである。これらは、藤沢副社長の言葉を借りれば、「当たり前を地道にコツコツ」であり、その成果が(図−1)にも現れている。最短6時間で配送、当日配送エリアも人口カバー率では70%を超える、離島を除けば全国翌日には無料で配送するのである。
(図—1)ヨドバシカメラのホームページより
最近Amazonのフルフィルメントセンターで使用されている物流ロボットKIVAが話題になっているが、AmazonがKIVAを買収する以前にヨドバシカメラでもKIVAの導入を検討したことがある。当時は日本国内で運用保守をどうするかの目処がつかず導入には至らなかったが、常にお客様のためのサービスの一つとしてロジスティクスを捉えている例である。次の図を見ていただきたい、
(図—2)ヨドバシカメラのホームページより
ネットで購入した商品を店舗で受取れることを示したものである。「30分以内でご用意いたします」と表示しているが、実はなかなかできる事ではない。表示する為には、その店舗に在庫があることがリアルタイムに把握できている必要もあるし、店舗への指示もリアルタイムでなければできないのである。これができている小売業は少ない。
店舗在庫をリアルタイムで把握する仕組みは、かれこれ8年前には導入しているが、オムニチャネルが巷で注目され、店舗在庫と物流センター在庫の共有化と言われる遥か前にこのITシステムを導入したのである。
ヨドバシカメラのオムニチャネルの仕組みは、(図—3)を参照してもらいたい。
(図—3)ヨドバシカメラのホームページより
ヨドバシカメラから学ぶ日本のロジスティクスプラットフォーム
ヨドバシドットコムがAmazonと比較されることが多くある。売上規模や品揃えではAmazonのほうが圧倒しているのにである。それは、(財)日本生産性本部が発表している「日本版顧客満足度指数」によれば、家電量販店において6年連続で1位となっていることを見れば明らかだ。
このように顧客満足のために、地道にコツコツとロジスティクスにITに資源を投資するのである。「お客様の声で動いた」結果として。
全国23店舗に対して、物流センターは川崎と六甲のアッセンブリーセンターを含めて6箇所である。アッセンブリーセンター川崎は、2棟合わせると延床面積が284,967m2になる。ちなみに、羽田にあるヤマトのクロノゲートが約198,000m2、Amazonの国内最大の小田原FCが約200,000m2である。
物流センターと店舗(デポ)を組合せて自社運営するロジスティクス網とリアルタイムでデータ更新するITシステムが、ヨドバシファンを増やし、ヨドバシファンの買い物頻度を上げる戦略を実現しているのだ。
ヨドバシカメラが、何に興味を持つのか、次に何をするのか、小売業界の人はもちろん、ロジスティクスに関る人間であれば、その動きは誰しもが気になるだろう。そしてそこには、お客様ニーズに応えて行く戦略が見えてくるし、他業界においてもヒントになる物が多く存在する。
Amazon以外の選択肢の一つとして、日本を代表する小売企業として、ヨドバシカメラが「当たり前を地道にコツコツ」実施していくことで強みを発揮して、我々消費者にとってなくてはならない企業であり続けると確信する。
トークセッション ゲスト:学習院大学 経済学部経営学科教授 河合亜矢子
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スペシャルトーク ゲスト:株式会社ママスクエア代表取締役 藤代 聡
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- 第1回 お互いのビジネスが「シェアリング」というコンセプトで結びついた
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秋葉淳一のロジスティックコラム
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トークセッション:「物流イノベーション、今がそのとき」
ゲスト:株式会社Hacobu 代表取締役 佐々木 太郎氏
「CREはサプライチェーンだ!」シリーズ
- Vol.1 究極の顧客指向で「在庫」と「物流資産」を強みとする「トラスコ中山」
- Vol.2 「グローバルサプライチェーン」で食を支える日本水産
- Vol.3 「当たり前を地道にコツコツ」実現したヨドバシカメラのロジスティクスシステム
- Vol.4 「新たなインテリア雑貨産業」を構築したニトリホールディングス
- Vol.5 物流不動産の価値を上げる「人工知能」が資産価値を上げる
- Vol.6「ロボット」が資産価値を上げる
- Vol.7「人財」が資産価値を上げる
- Vol.8「ビッグデータ」が資産価値を上げる
- Vol.9 AI、IoTがCRE戦略にもたらすこと
「物流は経営だ」シリーズ
土地活用ラボ for Biz アナリスト
秋葉 淳一(あきば じゅんいち)
株式会社フレームワークス会長。1987年4月大手鉄鋼メーカー系のゼネコンに入社。制御用コンピュータ開発と生産管理システムの構築に携わる。
その後、多くの企業のサプライチェーンマネジメントシステム(SCM)の構築とそれに伴うビジネスプロセス・リエンジニアリング(BPR)のコンサルティングに従事。
2005年8月株式会社フレームワークスに入社、SCM・ロジスティクスコンサルタントとしてロジスティクスの構築や改革、および倉庫管理システム(WMS)の導入をサポートしている。
単に言葉の定義ではない、企業に応じたオムニチャネルを実現するために奔走中。