他にはない個性豊かなサボテンを日本各地から集め、人々に届ける。
それが植物屋・叢(広島市)を営む小田康平さんの仕事です。
時間の重みを身にまとい、力強く生きていく植物の魅力について、
そして植物への愛情の注ぎ方についてお話を伺いました。
サボテンに歴史あり
過酷な環境の中で変形しながら、たくましく生長を続ける株。傷だらけになりながら、なお、次々と子株を生み出す親木(おやぎ)。植物屋・叢(くさむら)の店頭には、他のどこを探しても見つかりそうにない、個性的な様相のサボテンが並びます。
一般的な園芸の愛好家が目を向けてこなかった植物に光を当て、その個性を引き出す器と組み合わせて提供しているのは、店主の小田康平さんです。「どんな逆境にも負けず、ひたすら生きるために全力を尽くす姿に感動するんです」。一つひとつの株にストーリーを見出して、一期一会の出合いを顧客に届けます。
一般的に流通しているサボテンは、栽培農家が規格品として大量生産した、いわばお行儀の良いサボテン。それらはほぼ均一な大きさや形状で商品化されて店頭に並びます。一方、叢のサボテンの多くは、小田さんが日本各地を飛び回って発見し、交渉して、手に入れた唯一無二の存在です。農場やサボテンマニアの畑を訪ね、訳あって畑の片隅に追いやられた「逸材」を譲ってもらったり、愛好家が参加する販売会で競り落としたり。「こんなのが要るの?」と首をかしげられるような株にこそ、小田さんはカッコいい生きざまを見出します。
水やりさえ忘れられ、時に枯れそうになりながら生き延びてきたたくましさの証しは、木化(もっか)した硬く茶色い表面に現れます。生産のために子株を次々切り取られ続けてきた親木には、無数の傷口が残ります。これまで重ねてきた時間の重みは、確実にその姿に刻まれているのです。
「いい顔してる植物」が叢のコンセプト。癒やしや安らぎよりも、わき起こるような力を感じさせてくれる存在です。
何年にもわたって子株を切り取られてきた、福禄竜神木(ふくろくりゅうじんぼく)の親木。何度切られてもたくましく命をつなごうとする生命力に感服する
自分にしかできないことを
生花店を営む家に生まれた小田さんは、学生時代は税理士を目指していました。しかし、大学在学中にふとしたことがきっかけで、「自分にしかできない仕事がしたい」と考えるように。他の誰かと区別がつかない、どこにでもいる人間になりたくない。そんな思いが欧州・アフリカ放浪の旅へと向かわせました。
約1年にわたる旅では、荷物を盗まれたり、強盗に襲われたり。日本では考えられない極限状態を乗り越えながら、何かを探し続けました。北欧、東欧、西欧と、未知の場所を歩き回る日々を過ごすうち、たまたま訪れたパリのセレクトショップで植物によるディスプレイを目にします。そのクリエイティビティに胸を打たれて最終的にたどり着いたのは、反対する両親を説得して花屋になるという道でした。
10年の修業期間を経て、2012年に独立。切り花や観葉植物なども扱い、店舗での販売から空間デザインまで幅広く手掛けてきましたが、最も惹きつけられる存在は、酸いも甘いも噛み分けてきたようなサボテンだったそうです。「品種ではなく、個体としての力強さに惹かれます。その姿に自分を重ねているのかもしれませんね」
いつどこで出合い手に入れたのか、ほぼ全てのサボテンについて記憶しているという小田さん。人智を超えた、植物の生きる力に強く惹きつけられるそう
時を重ねる芸術品
他の誰にも似ていない、自分だけの道を探し当てた小田さん。全くの素人からサボテンの世界に足を踏み入れたからこそ、気付けた面白さがあるといいます。
冒頭に紹介した「親木」や「木化」のほか、「接(つ)ぎ木」「ベタ斑(ふ)」に価値付けしたのも、おそらく小田さんが初めて。接ぎ木とは別々の植物の切断面を活着させて一つにする園芸手法で、丈夫なサボテンを台木(だいぎ)とし、生長を早めたいサボテンをその上に接合します。通常は育ったサボテンを切り落とし、別の鉢に植えて販売しますが、「接ぎ木の状態もユニークで面白い」と、そのまま店に並べています。
また、斑とは緑色の葉の葉緑素が欠損し、地肌である黄色や白の模様が現れること。ベタ斑といって全体的に斑が入ってしまった植物は光合成ができず鑑賞価値もないとされてきましたが、通常は見られない不思議な様相に惹かれ、接ぎ木の形で販売しています。
見出した個性的なサボテンは、その個性を際立たせるため、基本的にはシンプルなプロダクトの鉢に収められます。陶芸作家にオーダーする際に伝えるのは、「底に穴の開いた鉢を」ということだけ。陶芸作品と植物による組み合わせの妙を生み出します。
芸術品を見るように、サボテンを、その背後にあるストーリーごと鑑賞してほしいと小田さんは語ります。「アート作品は完成すれば変化することはありませんが、サボテンは進化し続ける。過去があり、現在があり、未来がある芸術品なんです」
他分野のアーティスト―インテリアデザイナーや建築家とコラボレーションをする中で、海外でも叢の名は知られるように。イギリスのライフスタイルマガジンによる「2012年ベスト・プラント・ショップ」に選出されるなど、国内外で注目されています。
左)何年もの時間をかけて硬く「木化」した下半分の肌が、これまでに経験してきた数々の困難を物語るワラシー。歪んだヒダの形こそが、このサボテンの個性であり味わいといえる
右)袖ヶ浦(そでがうら)を台木に、ベタ斑の瑠璃兜(るりかぶと)を穂木(ほぎ)にした接ぎ木。台木から新たな子株が生まれ、我先にと伸びていく様も面白い
鉢合わせは、そこでそのサボテンが何年も生きてきたように見えることを念頭に考える。シンプルでおとなしいデザインを選ぶのは、主役である植物を見てほしいから
植物の生を大切に
叢のフィールドは鉢植えの販売だけでなく、レストランやショップ、ホテルや個人宅などさまざまな空間のコーディネートにも及んでいます。植物を空間にコーディネートする際に最も重視するのは、「きちんと育つこと」。空間の大きさや光、湿度などの生育条件に応じた植物を植えて、生長していく姿を見られるように配慮しています。
「パキラやモンステラ、ドラセナ、サンセベリアなど、虫がつきにくく丈夫で育ちやすい植物を使うことが多いですね。イメージに合った個性豊かな植物を探して、国内の産地を探し回ることもあります。珍しいけれど日本で育ちにくい品種は使いません。植物は生きていくものだから」
コーディネート後も時折その場所を訪れては、植物の状態をチェックしたり、管理の方法をアドバイスしたりする小田さん。そこには自分が植えた植物への深い愛情と、それを目にする人たちに好きになってほしいという気持ちが表れているようでした。
病院の建物をリノベーションしたホテル、KIRO広島のバーコーナー。良好な環境を考慮して、日光を好む観葉植物や多肉植物を植えた
いい顔した植物と暮らす
初めてサボテンを買うのだというお客さんが叢を訪れたら、小田さんはこうアドバイスします。「見た目で決めるのも良いですが、1鉢目はまず、丈夫なサボテンを選んでください」。どんなサボテンでも、だんだん生長する姿を見続けていると愛情がわき、育てる楽しみが生まれてくるもの。そこに個々のストーリーが加われば、より愛しく大切な存在になるはずです。
最後に、植物と暮らすことを見据えた家づくりについてアドバイスをいただきました。「庭をつくるなら、植物を植える場所と配管や水栓の位置をきちんと計画すること。室内に植物を置くなら、その場所にスポットライトやダウンライトを付けるのがお勧めです。植物を印象的に見せることができるし、光量も確保できます」
植物を育てるということは、過去、現在、未来を共にすること。いい顔をしている植物との暮らしには、いい時間が積み重なっていくに違いありません。
錆びた鉄の味わいを感じさせる「叢」の看板。アルファベット表記Qusamuraの「Q」は、植物の不思議を感じてほしいという思いから
ウチワサボテンの真ん中をカッターでくり抜き、玉サボテンの子株を接合。公式YouTubeではこのように遊び心のある接ぎ木の技法も発信している
PROFILE
小田 康平さん(おだ こうへい)
1976年 広島生まれ。世界中を旅する暮らしをしていた20代の頃、旅先で訪れたパリで、フラワーアーティストがセレクトショップの空間演出を手掛ける様子に感動。帰国後、生花と観葉植物による空間デザインに取り組むようになる。数年が経ち、画一的な花や植物での表現に限界を感じ始めていた頃、ある世界的アートコレクターと出会い、納品後に傷ついた植物を見て発した彼の一言、「闘う植物は美しい」に衝撃を受ける。以来、植物選びの基準を、整った美しさから、『いい顔』をしているかどうかに変える。独自の視点で植物を捉え、美しさを見出した一点物の植物を扱うことを決心し、2012年、独自の美しさを提案する植物屋「 叢 - Qusamura 」をオープンした。
2020年10月現在の情報となります。