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朝倉彫塑(ちょうそ)館(旧朝倉文夫邸)

光と調和する邸

家には住む人の価値観やセンスが現れるもの。
明治~昭和の彫刻家・朝倉文夫が建てたアトリエ兼自宅「朝倉彫塑館」は、
曲線を多用した美しい空間や光へのこだわりに満ちた建物です。
今回は芸術家が自ら手掛け、生涯増改築をくり返した邸宅をご紹介します。

巨匠が手掛けた最大の「作品」

昔ながらの風情が残る東京都台東区谷中の住宅街に、その建物は不思議な様相を呈してたたずんでいます。彫刻界の巨匠、朝倉文夫が建てたアトリエ兼自宅、「朝倉彫塑館」。保存修復工事を経て一般公開されています。

彫刻家として初めて文化勲章を受けた朝倉文夫は、1883(明治16)年大分県生まれ。実兄の彫刻家・渡辺長男を頼って上京したのち、東京美術学校(現・東京藝術大学美術学部)に学びます。その後、文展などの入賞により彫刻家としての地盤を固め、母校で教鞭をとりつつ自宅で弟子の指導にもあたりました。

自ら設計したアトリエを初めて完成させたのは1907(明治40)年。以降、敷地拡張や増改築を繰り返し、多くの一流の職人達の手にかかりながら、現在の建物は1935(昭和10)年に完成しました。朝倉は1964(昭和39)年に他界するまで、自宅としてアトリエとして、そして教育の場として、この邸宅を使い続けました。

黒く塗られた外観に圧倒されながら内側に入ると、外からは想像もつかない開放的な空間が現れます。天井高8.5mのアトリエ空間には、今にも動き出しそうなほどリアルなブロンズ像がずらり。代表作である「墓守」や「大隈重信像」「市川団十郎(だんじゅうろう)像」など、生命を感じさえする作品の数々が、訪れる人に語りかけてくるようです。最も大きな展示作品は高さ3.7mを超えています。

制作作業に合わせて地階と1階を上下させる昇降機を取り付け、大型作品もこのアトリエで制作していました。また、アールをつけた北側の大きな窓からは、自然の光が安定して届きます。壁の素材は光を柔らかく反射する真綿。フラットな光で対象を見つめたいという彫刻家の欲求を満たすアトリエです。

この他にも、曲線や曲面を多用していたり、自然の造形をそのまま意匠に取り入れていたりと、朝倉彫塑館には並々ならぬこだわりが現れています。この邸宅そのものが、いわば朝倉文夫が生涯をかけて築いた巨大な作品なのです。

3層吹き抜けのアトリエ空間。床の寄木張りは拭き漆の技法でつややかな光沢をまとっています

均整のとれた曲面のある空間

2層吹き抜けの書斎では、3面の壁に造作された書架に圧倒されます

朝倉彫塑館は鉄筋コンクリート造のアトリエ棟と、木造(数寄屋造)の住居棟で構成されています。前者にはパブリックな空間、後者には家族が暮らすプライベートな空間が設けられていました。一つの建物の中に工法や目的の違いを超えた調和が生まれ、融合しているところに、彫刻家らしいバランス感覚が見受けられます。

アトリエに隣接する書斎は2階の高さまでが吹き抜けになり、壁には膨大な数の本を収めるガラス扉の書架が造り付けられています。この書架にも曲面が施され、天井の曲線のデザインと相まって、柔らかな印象を与えています。蔵書の中でも洋書の多くはもともと朝倉文夫の恩師である西洋美術史家の岩村透(いわむら とおる)が買い集めたもの。師の没後、散逸しつつあった貴重な資料を朝倉が買い戻して守ったというエピソードが残っています。

さらに奥には「応接室」と呼ばれ、半円形の出窓とソファを造作した部屋が続きます。ヒトや動物の骨格標本が展示され、独特の雰囲気を醸しています。

贅沢な建築素材をふんだんに使った「朝陽の間」

もてなしの和室と日常のための和室

2階ホールの階段手すりに用いられた変木

アトリエ棟を3階まで上がると、客人をもてなすための大広間、「朝陽(ちょうよう)の間」があります。その名の由来は、東側にとった大きな窓から降り注ぐ朝陽の美しさ。床の間の落とし掛けと袖壁を一体化した曲線が大胆かつ優雅な雰囲気を感じさせます。

天井には神代杉。床の間には、松の一枚板で作られた床板。欄間は桐の一枚板が用いられています。光を受けると美しく輝く赤みを帯びた壁は、メノウを砕いて塗ったもの。2009年から4年半かけて実施した保存修復工事では、このメノウを回収して洗浄し、再度塗り上げたそうです。

贅沢な和のしつらいは、ここを訪れた客人を驚かせ、饗応(きょうおう)の時を忘れがたいものにしたことでしょう。中央には大きな円卓が置かれていますが、これは朝倉が設計したもので、脚を折りたたみ、天板を二つに分けて収納できるように工夫されています。

贅を尽くした朝陽の間とは対照的に、住居棟2階の「素心(そしん)の間」は心静かに自身の内面を見つめるための場所として設けられました。朝倉はここで、華道をたしなむこともあったのだとか。磨き丸太や変木の柱を用いて野趣を感じさせるこの和室には、曲線と直線が巧みに使い分けられています。また、1階玄関ホールや2階の階段手摺にも同じように変木が用いられており、個性的な見た目と触り心地を楽しむことができます。

「素心の間」には、壺や書画などの東洋美術品も多数展示されています

独特なディテールを備えた「応接室」。出窓や半円形のソファが特徴的な空間です

自然の美景を全ての部屋からのぞむ

「彫刻家としての自分の師は自然だ」と考えた朝倉文夫は、生活の中でも自然との接点を大切にしていました。その考えを象徴するのが中庭で、アトリエ棟と住居棟がぐるりと囲む形になっており、それぞれの部屋から異なる表情を眺められるようになっています。

中庭はそのほとんどを水が占めています。故郷の自然を表現したとも言われ、涼やかな水の音を耳でも楽しむことができます。

一方、屋上庭園は昭和初期の屋上緑化の貴重な例に数えられます。当時は屋上菜園で、弟子たちが世話をしていたのだとか。これも彫刻の修業の一つで、園芸を通して自然に親しみ、感覚を磨かせるという指導方針がうかがえます。奥に据えられた男性像「砲丸」は庭園には背を向けていますが、1階の門前から見上げた際に屋上から顔をのぞかせていた青年の姿であることに気づくと、芸術家の意図に思わず膝を打ちたくなります。

中庭越しに見たアトリエ棟。1階部分を白、2階部分を黒く塗り分けており、対比を強調する意図がうかがえます

石と樹木、豊かな水によって構成された中庭。立体的な造形は彫刻家ならではの発想といえます

まぶしいほどの自然光に満たされた「蘭の間」。白い壁や天井に美しい蘭が映えたことでしょう

オリーブの巨木が根を張る屋上庭園。かつては自然から学ぶための園芸実習場として活用されました

情熱を傾けたものたちとともに

朝倉文夫は『東洋蘭の育て方』という本を執筆するほど、蘭の栽培にも情熱を傾けていました。2階の「蘭の間」はもともと東洋蘭の温室だった部屋で、三方に設けた窓やトップライトから自然光が注ぎ込み、白い壁に反射して明るい光で満たされています。

そして、蘭の間に現在展示されているのは、朝倉文夫の作品である猫の像です。多い時には10匹以上の猫を飼うほど愛猫家だった朝倉は、依頼された作品制作のかたわら、猫や犬などの愛らしい姿を自由に表現した作品も数多く残しました。

芸術家がその美的感覚を最大限に発揮し、愛情をもって手を入れ続けてきた唯一無二の建築、朝倉彫塑館。築80年以上を経た今も、主の人柄や理念を私たちに伝え、仕事や生活のすべてに真剣に向き合う尊さを教えてくれているようです。

「たま(好日)」 1930年

「墓守」 1910年

「砲丸」 1924年

PROFILE 朝倉 文夫(あさくら ふみお)

1883-1964
1883年大分県生まれ。東京美術学校(現・東京藝術大学)彫刻撰科を卒業。
私塾「朝倉彫塑塾」を主宰。弟子の育成にあたった。1948年、文化勲章受章。
愛猫家としても知られ、猫をモチーフにした作品も多く残している。

朝倉彫塑館

http://www.taitocity.net/zaidan/asakura/

住所
〒110-0001
東京都台東区谷中7-18-10
TEL
03-3821-4549

朝倉彫塑館 ご見学情報

開館時間
9:30~16:30(入館は16:00まで)
休館日
毎週月・木曜日(祝休日の場合は翌日)、年末年始、展示替え期間
  • ※靴を脱いで入館する施設です。靴下の着用をお願いいたします
  • ※悪天候などの諸事情により、屋上庭園を閉鎖する場合がございます

取材撮影協力 / 朝倉彫塑館

2019年10月現在の情報となります。

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