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特集:「働き方」のウェルビーイングを考える
2024.09.30
「労働」は一日のうち、多くの時間を占めています。もし、働くことが辛く苦しいものだったら、きっと日々の生活が辛く感じてしまうかもしれません。でも、その時間がとても楽しいものだったら? 毎日が幸せで、いろいろな希望や可能性が開けてくるのではないでしょうか。
特集「働き方のウェルビーイングを考える」では、時代がめまぐるしく変化していく中で、私たち一人ひとりがウェルビーイングな状態で働くために、何が必要なのかを追求していきます。
「幸福学(well-being study)」研究の第一人者であり、ウェルビーイングな生き方や働き方の重要性を提唱してきた武蔵野大学ウェルビーイング学科学部長兼慶應義塾大学教授の前野隆司さんは「利益重視だと、利益は出ても不幸せになる。でも幸せなら利益も取れるんです。だったらロジカルに考えて、幸せに働くことの良さを伝えていくしかないですよね」と話します。
今、改めて必要性が問われるウェルビーイングな働き方の本質とは。
ウェルビーイングとは「体(健康)と心(幸せ)と社会(福祉)が良い状態」のこと。個々人が心身ともに良い状態で、社会も福祉も良い状態をつくるための活動全般がウェルビーイングといえます。
幸せの条件は100あるとも200あるともいわれていますが、その中でも欠かせない基本的な条件が、「視野の広さ」や「主体性(やりがい)」「つながり」、そしてみんなのために何かをしたいという「利他性」だと前野さんは言います。では、それを踏まえた上で「ウェルビーイングな状態で働く」とはどういうことなのでしょうか。
「遠足の前日ってワクワクして、すごく楽しみですよね。だけど未知のものへの不安も少しだけある。仕事に当てはめると、やる気があってワクワクしながら働いている、多過ぎず少な過ぎず、適切なストレスの状態である。孤独感がなくてチームがいい状態である、といったところでしょうか」。
このような働き方をしている人は、ワークエンゲージメント(個人が仕事にやりがいを感じて熱心に取り組み、活力を得ている状態)が非常に高いのだそうです。
「明日までに"やらねばならない"と思いながら働く人はワーカホリックになってバーンアウト(燃え尽き症候群)したり、心の病になる。でも、主体的に没頭しながら働いていると、非常にポジティブな精神状態で仕事ができるし、忙しくても病気にもならない。だからウェルビーイングな状態で働くというのは、とても大切なんです」。
社員一人ひとりが幸福に働くことは、もちろん大切です。加えて、社員が幸福に働いていると、組織にも多くのメリットがあることが知られています。生産性が3割上がる、創造性が3倍になる、企業の売上や株価が上がる、離職率や欠勤率、ミスの発生率が下がることなどが研究で証明されています。
しかし、社員の幸福を第一に考えることがビジネスの成功や盤石な組織の確立に結びつくことへの懐疑的な見方は根強くあります。また、これまでの日本の働き方はどこか滅私奉公的な働き方で、ウェルビーイングとは無縁のようにも感じられます。ところが前野さんによれば「高度経済成長期まで、日本の企業はむしろウェルビーイング経営をしていた」と言うのです。
「家族主義経営や年功序列といった仕組みは、実は安心感という点では優れていて、みんなが力を合わせて安心して働けるウェルビーイング経営なんです。また、もともと日本には近江商人の"三方よし"の考え方がありました。自分よし、お客さまよし、社会よし。三方の幸せを目指して業績を伸ばしていましたが、経済成長を急いだ結果、バブルが崩壊しました。それにより、『日本の集団主義的なやり方は古い、これからはアメリカ型の個人主義の時代だ』という方向に振りすぎて、ウェルビーイング経営を捨ててしまいました。派遣社員というやる気が起きにくい制度をつくったり、反対に社長の給料だけを上げて格差社会をつくったり。それが俗にいう 『失われた30年』です」。
しかし、集団主義にもウェルビーイングとしての側面があるとするなら、なぜ現代では、集団主義に息苦しさを感じる人が増えているのでしょうか。
「集団主義と個人主義の"悪いとこ取り"をしているからです。今の若い人は、集団主義側ではむりやり同調させられて自己犠牲に疲れている。出る杭が打たれる社会を目の当たりにしているから、挑戦もできません。一方、個人主義側では自己責任と言われて疲れている。僕は、どちらもメリット・デメリットがあるので、集団主義と個人主義、それぞれのいい面を融合することが必要だと思っています。飲み会を断る若者の話がありますが、同期や友人との飲み会には行きますよね。必ずしも個人主義が好きで、集団主義が嫌なわけではないんです」。
では、いったいどうすれば集団主義と個人主義のいい面を融合し、より良いウェルビーイング経営を実現することができるのでしょうか。
「まずはマインドです。失われた30年は、マインドを放っておいて制度ばかりつくっていました。企業の理念に社員の幸せやウェルビーイング経営を掲げて、あとは理念をどう浸透させていくか。仕組みについては全社員で考えていくしかありません」と前野さんは話します。
「"働きやすさ"は、お金をかけて福利厚生などの制度を充実させれば実現できます。一方で"働きがい"や"幸せ"はマインドの問題であり、制度で実現しようとしてもうまくいきません。会社によって文化も違うし、業態によっても幸せのあり方は違う。個人の特性も違います。だから、1on1をすればいいとか、パーパス経営をすればいいというものでもないんです。よく『事例や答えを知りたい』と言われますが、働きやすさもDE&I(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)も、ほかのことは全部事例を参考にしてもいいけれども、ウェルビーイング経営だけは自分たちで主体的に考えないとうまくいかない。なぜなら"主体性のある人が幸せだから"です」。
しかし、その当たり前なことがなかなか実現できていないのが現実です。
「みなさん『ウェルビーイング経営は難しい』っておっしゃるんですけど、簡単なんですよね。まず社員の幸せを考える。そして"みんな仲良く、みんな褒め合い、信頼し合う"ということです。とはいえ、実感が湧かないのだと思います。だから、僕の話を聞くよりも西精工や伊那食品工業、ネッツトヨタなど、ウェルビーイング経営を実践して成功している企業をぜひ見学に行ってみてください。例えば西精工は社員の幸福度がすごく高い会社なんですが、取り組んでいるのは挨拶と掃除とコミュニケーションという、拍子抜けするぐらい当たり前のことです。伊那食品工業の塚越社長は、みんなでいろいろなことを一緒にして達成感を感じることがとにかく大切だと言っていましたね。ひとつ言えるのは、ウェルビーイングを知識として理解しているだけではダメということ。その人が主体性をもって本気でやらないと、結局成功しないということです」。
2024年4月、前野さんは、世界初となる「ウェルビーイング学科」を武蔵野大学に創設し、学部長に就任しました。
「僕は本気で令和の松下村塾をつくるつもりでいます。松下村塾は、江戸時代の閉塞感を打開するためにつくられた私塾で、そこで学んだ高杉晋作や久坂玄瑞、伊藤博文といった人々が明治維新を成し遂げましたよね。今は、江戸時代の末期と似ていて、制度の限界が来ているから大幅に刷新しなければいけない時です。僕は、ウェルビーイングの専門家を育成することが打開策のひとつではないかと考えています。それぐらいの抜本的な変革をしないといけないように思うんです」。
幕末期に吉田松陰が主宰した私塾「松下村塾」跡。
環境問題、貧困問題、戦争にパンデミックとさまざまな問題が噴出している今、その根源にあるのは、資本主義の限界です。
「中世は、仏教の国もキリスト教の国も、金儲けは悪で、利益よりも幸せのほうが大事だという考え方がありました。それを古臭いと言って捨てたのが産業革命です。しかし、それももう限界に来ている。私たちは、これまでの資本主義を変えていく大きな転換期にいます。非常に大きな局面なので、子どもの教育に組織のあり方、日本文化から世界文明まで、産業革命以降の人類というものを考え直す必要があります。さまざまな問題は連動しているからこそ、社会のサステナビリティが問われている。まさに"サステナブルジャーニー"が始まっているんです」。
1962年生まれ。1984年東京工業大学工学部機械工学科卒業。1986年東京工業大学理工学研究科機械工学専攻修士課程修了。キヤノン株式会社、カリフォルニア大学バークレー校客員研究員、慶應義塾大学理工学部教授、ハーバード大学客員教授などを経て、2008年より慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授。2024年4月より、新設された武蔵野大学ウェルビーイング学科学部長を兼務。著書に『ディストピア禍の新・幸福論』『ウェルビーイング』『幸せな職場の経営学』『幸せのメカニズム』『脳はなぜ「心」を作ったのか』などがある。
大和ハウスグループも「生きる歓びを、分かち合える世界」の実現に向け、様々な取り組みを進めていきます。
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