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Sustainable Journeyは、
2024年3月にリニューアルしました。
連載:未来の旅人
2024.05.31
新宿から中央線に揺られ、五日市線を乗り継ぐこと約1時間。車窓の景色がビル群から森に移り変わった頃、ようやく終点の武蔵五日市駅に到着します。さらにそこから車を走らせること約20分、島しょ部を除くと東京都内で唯一の村である檜原村(ひのはらむら)が見えてきます。
ここで"持続可能な"林業に取り組んでいるのが、「東京チェンソーズ」の代表を務める青木亮輔さんです。
「林業」といえばどのようなイメージを抱くでしょうか? 山に登って、木を伐って資材として出荷する——。半分は合っていますが、林業の仕事はそれだけではありません。春には苗木を植え、夏は木々の育成のために下草を刈ります。秋から冬は、節のない木材を生産するため、そして材木として均等な太さにするために、無駄な枝を落とす「枝打ち」をしなければなりません。枝打ちによって、林内に太陽光が差し込むようになり、多様な植物が育ちます。
「漁業や農業と違って、林業って一般の人から見えにくいですよね。でもやることはたくさんあるんですよ」と青木さんは説明します。
日本の山は戦中に乱伐され、はげ山になり、戦後に植樹された"人工の森"です。実は定期的に手入れをしなければ、ただの荒れ山になってしまいます。
「放置してしまうと、枝が絡み合うくらい広がり、地面に十分な太陽光が届かなくなります。すると、草や若木が育たず地盤は弱くなります。さらに、間伐が行われないと木々の間隔が近くなり、木が強い根を張りめぐらせられなくなる。大雨で土砂崩れや倒木の危険性が高まることもあるんです」。
実は近年、山主が手入れを諦めた荒れ放題の山が増えているといいます。
東京チェンソーズのオフィスからの風景。
荒れ山が増える一方、林業従事者はこの40年で約3分の1に減少してしまいました。拍車をかけたのが、生活スタイルの変化です。日常的に薪を使わなくなり、細い丸太が建築資材(足場)で使われなくなったことなどから需要が減っていったといいます。加えて40年前と比べて、スギの価格は約3分の1に、ヒノキは約4分の1にまで落ち込んでしまいました(2020年時点)。結果、「林業=儲からない」が定着し、なり手が減少、多くの事業者が補助金頼みで生計を立てているのが現状です。
青木さんたちは、持続可能な林業を目指して2006年に「東京チェンソーズ」を立ち上げました。
現在は、森をつくり、育てる「林業事業部」のほかに、伐り出した木の高付加価値化に取り組み、販売する「販売事業部」、企業研修などの受け入れをはじめ、森林空間の価値を最大化する「森林サービス事業部」、一般の人たちからは見えづらい山の"今"を発信する「コミュニケーション事業部」の4つの事業部を立ち上げ、運営しています。
「林業は"公益性の高い仕事"というイメージが強いのではないでしょうか。実際、森を保全して下流の安全を保つ、といった公共事業のような側面があるので、補助金に頼る経営になりがちです。だからこそ、それ以外のところでちゃんと収益を上げないと、サステナブルな経営は実現できません」と青木さんは説明します。
岐路となったのは、2017年。東京チェンソーズとして、適切な森林管理と、責任を持って調達された林産物に対する国際的な認証制度である「FSC®認証」を取得したことでした。
「FSC®認証の規定では、森林の面積に対して伐採して山から出してくる量が決まっています。当時、自社の山からだと伐り出せる量が1年間に約100本分という計算でした。木材価格自体が大体1本1万円なので、100万円しか売り上げが立たないことになってしまうんです」。
限られた伐採量で会社を成長させていくためには、木1本あたりの使用量を増やし、付加価値を上げなければなりません。「一般的には木の幹のみを材木として利用して、50%くらいが捨てられていました」。
100本しか伐り出せないならば、未利用材を加工して売り出そう。そうして生まれたのが「1本まるごと販売」事業です。
©東京チェンソーズ
これまでは放置されていた根を掘り起こし、皮を剥いてガラステーブルを支える脚(土台)に、枝も乾燥させて加工すれば、装飾品に。葉の部分はエッセンシャルオイルに活用されています。廃棄されていた未利用材をストックして、需要があればすぐに売れるようにカタログ化して、デザイン事務所や設計事務所に配り歩いて需要を掘り起こしました。
ちょうどトラックに積まれていた木の根。皮が剥かれている状態です。
岐路に立たされた東京チェンソーズ。一転して生まれた「1本まるごと販売」事業を起点に、年間売り上げは1億円の規模に成長しました。
ほかにも、3本の苗木を植え、30年かけてともに樹木を育てていく「東京美林倶楽部」や、檜原村の木を使って「6歳になったら机を作ろう!」プロジェクト。そして檜原村独自事業である「檜原村トイ・ビレッジ構想」とも連携。"木育"や村におもちゃ産業を起こすことを目指す当事業の中で、檜原村、桜美林大学、東京チェンソーズの3者による「子どもの好木心"発見・発掘"プロジェクト」など、ユニークな取り組みを仕掛けています。
「東京美林倶楽部」で育てている木々たち。
「これまでの林業は伐って出荷して終わり。ルーティンを繰り返す事業だったんです。それが楽ですからね。ですがこのままだと、業界は成長せず、林業従事者の数は減少し続けてしまいます」。
では、もしこのまま林業のなり手がいなくなったら…?「森を守らないと土砂崩れが起きてしまうかもしれない。もっと言えば、普段飲んでいる水も上流に森があるからこそなんです」と、青木さんは話します。
「秋川は昭島の辺りで多摩川に合流して、羽田までつながっています。東京の水は多摩川からも引かれていますが、その大本になるのが、奥多摩や檜原村の森。この森が貯水してくれているから下流の水がまかなえているんです」。
とはいえ、私たちは日々の暮らしの中で広大な森との「つながり」を意識することはありません。
「森林と生活のつながりを話す機会がある私自身も、本当に体感しているのかというと、怪しかった。ふだん森と関わらない方は尚更ですよね」。どうしたら都市部の人たちに森を意識してもらえるのか…。そこで、青木さんは東京チェンソーズのメンバー数人とともに、2018年に檜原村を流れる秋川から多摩川を3日かけて下りました。
ほかのメンバーはゴムボートで、青木さんはタイヤチューブに乗り込み川を下ったそうです。
「川を下っていくと、当たり前ですが流域の風景が変わっていくんです。森林から農地、急に河川敷に出たなと思ったら、子どもたちが野球をしていたり。山から海に至るまで、流域が構成されているのを体感したら、一つにつながった感じがしました」。
私たちの生活には、山々の手入れや管理が欠かせない——。青木さんが実感を新たにする一方で、都市部への人口流出は続いています。檜原村の人口は、現在は約2000人ですが、2040年には約800人になると見込まれています。森を維持し、豊かな「多摩川水系」を保全するためには、檜原村に雇用を生み出さなければなりません。そこで青木さんは林業という枠を飛び出し、2023年に檜原村の村議会議員になりました。
現在は東京チェンソーズを運営しつつ、地域や企業を巻き込む取り組みを続けています。何か森のためにできることは? そんな質問に青木さんは「身近なサステナブル」な取り組みを教えてくれました。
「地元で生産された野菜や果物を食べることでいいんですよ。多摩川流域でいえば、稲城市の名産の梨を食べる。すると稲城の農家が続けられるようになって、農地が確保できる。そこに降った雨は貯水されるし、二酸化炭素も吸収する。じゃあもうちょっと上流の檜原村でキャンプをしたり、木材でできた商品を購入すれば檜原村の雇用も潤って、森が維持される。そういう小さな循環からでいいんだと思います」。
檜原村には縁もゆかりもなかった青木さんが、林業に携わりたいという思いで、檜原村に移住して20年以上が経ちました。今では社員24名、今年は新卒社員も1名採用し、東京チェンソーズは着実な成長を遂げています。青木さんは「これからの林業には、大きな可能性がある」と指摘します。
あまり知られていませんが、戦後に植えたスギやヒノキが最適な伐採期を迎えており、材木として、有史以来、最大の蓄積量に到達しているといいます。「戦後から約80年が経ちますが、もうすぐ日本中に樹齢100年の森が誕生します。豊かな森がこんなに近くにある。これって世界を見渡してもあまりないことなんです」。
さらに昨今、コロナ禍で海外の輸入材が手に入りにくくなる"ウッドショック"を契機に、国内の材木に注目が集まっています。
「100年の森をどう次世代に引き継いでいくか。荒れ果てたまま渡すのか、気持ちの良い豊かな森にしてつないでいくのか。ただ木を伐るっていう行為に、先人たちから連綿と続いた営みがあると思うと、背筋が伸びる思いですよね」。
青木さんが見つめ続ける檜原村。その木々の一本ずつに、林業従事者としての誇りが宿っています。
1976年生まれ、大阪府大阪市此花区生まれ。東京農業大学林学科卒。学生時代は探検部に所属し、国内外の川や洞窟、山間部などに赴き活動に熱中する。約1年間の会社勤めの後、2001年に林業の世界へ。2006年、所属していた地元森林組合の仲間とともに独立し「東京チェンソーズ」を創業。檜原村林業研究グループ「やまびこ会」役員。一般社団法人TOKYOWOOD普及協会専務理事。MOKKI株式会社代表取締役。ツリークライミング®ジャパン公認ファシリテーター。2023年5月より檜原村議会議員。
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