長引くコロナ禍で、テレワークをはじめ働き方に変革が起こり、キャリアの選択も多様化が加速。“個の時代”ともいわれる今、チームや組織のあり方を見直す動きが出始めている。
変わりゆく時代を生き抜く組織は、どうあるべきなのか?
その答えに「自然体」「人間性」というキーワードを見出すのが、起業家でありビジネス・ブレークスルー大学の教授でもある斉藤徹氏と、レガシーな企業が多いといわれる建設・住宅業界で組織変革に注力する大和ハウス工業の常務執行役員 石﨑順子氏だ。
次世代に続く組織づくりの要諦を、2人の対話から探る。
斉藤 それを理解するにはまず、従来の組織が時代と共にどう変わってきたかを整理するのがいいでしょう。
インターネットの登場以降、社会には大きな3つのパラダイムシフトが起こりました。それに伴い、求められる組織も変化したと考えています。
1つ目は「デジタルシフト」。1991年のソ連崩壊で、グローバル化が加速しました。また、インターネットの登場によって、誰でもアイデア一つで起業できる時代が訪れます。
既得権益は崩壊し、ビジネスのルールがめまぐるしく変わり始めるなか、競争に打ち勝つには、変化に追従せねばなりません。そこで、迅速に環境に最適化する「学習する組織」が求められました。
2つ目は「ソーシャルシフト」です。2008年のリーマンショックに端を発した金融危機は、行き過ぎた資本主義に警鐘を鳴らしました。同時期にソーシャルメディアが普及し、人々は“つながり”を意識するようになります。
その結果、企業には誠実さや多様性が求められ、ブラック企業のような理不尽な物事は弾かれるようになった。求められたのは、生活者と同じ感性を持つ「共感する組織」です。
最後が「ライフシフト」。コロナ禍でリアルなつながりが断たれ、働き方や生き方を見直す動きが生まれたのは、記憶に新しいところでしょう。
会社から離れた「個」の力が存在感を増すなか、多様な働き方を受け入れること、それぞれが自律的に動くことが、組織に求められている。私はこれを「自走する組織」と呼んでいます。
パラダイムシフトで求められた3つの“求められる組織像”は、すべて現状の知識社会に不可欠な要素です。次世代の組織のあり方を考えるなら、まずはこれらを踏まえる必要があるでしょう。
斉藤 実は、こうした組織像を裏返すと、レガシーな日本企業によくある姿が見えてきます。
こうした時代の変化にそぐわない組織は、いずれ衰退してしまうでしょう。
石﨑 やはり働き方は大きくシフトしましたね。リモートワークへの移行は、建設業界内でも早かったと思いますし、2021年度の本社社員のリモートワーク率は約7割でした。
斉藤 現場とも関わる建設業で約7割とは、かなり多いですね。
石﨑 昔から「やると決めたらやる」会社なんです。そのスピード感には、自社ながらに驚かされますね。昔からの大和ハウスグループの強みとも言えるでしょう。
ただ最近は、その傾向も変わってきたと感じています。これだけ世の中や組織のあり方が変化するなかで、「このままではいけないのではないか」という危機感を持つ社員も増え始めている。
特に若手社員のなかには、「将来的に活躍し続けられる能力や価値が自分にあるだろうか」と、不安に駆られる人もいるように見えます。
斉藤 無理もありません。人生100年時代の働き方はマルチステージ。複数のキャリアを持ち、知識やスキルをアップデートしながら、長く働き続けていかねばなりません。
さらに今後AIやDXが浸透すれば、組織内での役割もガラリと変わるでしょうから。
石﨑 そうですよね。今やりたいことと、将来やることとは違うかもしれない。
だからこそその日のために社員には、自分の力をつけて成長していくことを常に考えていてほしいと伝え、会社としてそれをサポートしようとしています。
一方で、自分の能力を自覚できていない人も少なくありません。もしかしたらその中に、変化に強い“人財”が埋もれているかもしれないわけです。
当社では人材を“人財”と考えて教育に取り組んでいます。一人ひとりの可能性を引き出していかに花開かせるかが、これから起こり得るシフトの肝なのではと思います。
斉藤 コロナ禍が推し進めた「ライフシフト」は、個を見つめ直す機会になりました。
これまで目の前の仕事に追われ、疲れて帰宅し、あとは寝るだけを繰り返していたビジネスパーソンのなかには、「自分はなんのために働くのか」「働く楽しさとは何か」と改めて考えた方も多いはずです。
行動経済学で言えば、ビジネスの現場では、私たちは金銭的な損得を重視する「市場規範」に従うことを求められます。一方、会社を出て家に帰れば、道徳や慣習を重んじる「社会規範」が判断軸になる。
ところがコロナ禍では、家で仕事をするのが当たり前になりました。
社会規範が当たり前の場で、ときにはそこに反する市場規範に基づいて働くギャップから、「本当にこれでいいのか?」と感じるようになった。これも個を見つめ直した一因だと思います。
石﨑 なるほど。その意味では、私たちはこのコロナ禍で、ビジネスに“人間性”を取り戻したと言えるかもしれませんね。
たとえば「女性活躍」や「ダイバーシティ」は、会社という市場規範で語られがちです。しかし、そもそも人間社会には女性も外国人も当たり前に存在します。本来は数値目標を立てて取り組むようなことではないはずです。
人間として自然な状態を、企業活動にも取り入れていく。つまり「個」と「人間性」こそが、これからの組織のキーワードになるのではないでしょうか。
石﨑 柱の一つが、グループを挙げてのパーパス策定「将来の夢プロジェクト」です。
創業100周年を迎える2055年に向けて、大和ハウスグループが“創り出したい社会像”と“果たすべき役割”を定めるべく、約3万通のアンケートやワークショップなどを通じて対話を積み重ねました。
入社1年目の社員から、投資家や取引先を含むステークホルダーなど、大和ハウスグループに関わる方々にも参画いただいた一大プロジェクトです。
石﨑 一言で言うなら、前向きな素直さでしょうか。
たとえば「今の強みは?」という問いでは、「数字と目標を達成する力」という回答が圧倒的1位でした。ところが、「2055年に必要な強み」としては、一転して最下位から2番目まで下がったのです。
今ある強みに固執せず、自ら「それだけではダメだ」と言えてしまうのは、柔軟というか、素直なのだろうな、と。
1000人が参加し、「みんなが納得・共感できる“将来の夢”とは何か」を語り合ったワークショップでも、素直さから生まれる可能性を強く感じました。
正直これまではあまり対話が多くない社風だと認識していたので、いったいどんな反応が出るか不安でした。
しかし、「他者との対話から新しい気づきを得た」といった声が集まってきた。こうした素直さに、まだまだグループとしての伸びしろが宿っていると感じます。
斉藤 大和ハウス工業のような達成力のある組織は、おそらく強い個が集まるチームでしょう。そうした強い個同士でコミュニケーションを図ると、どうしても「どちらの意見が正しいか」という議論になりがちです。
一方で、対話は相手を理解し、尊重するための手段。個々人がポテンシャルを発揮できる組織づくりの第一歩です。
強い個が相互に助け合いながらコラボレーションできれば、レガシーな組織も強いチームへと変わっていけるはずです。
石﨑 だとしたら、とても嬉しいですね。これから社内の対話が増えることで、なんらかの化学反応が起こらないだろうかと期待しています。
石﨑 第7次中期経営計画発表に合わせて、新たなパーパス 「生きる歓びを、未来の景色に。」を公表しました。ここに込めた思いを社内に浸透させることが、私のこれからの仕事です。
そして2055年に向けて、私たちが働く環境が本来あるべき姿なのかどうか、3年ほどかけて総点検をしたいと考えています。
今ある人事制度──採用や目標設定、評価、配属、それらを取り巻く諸制度に至るまで、「将来に向けて何が必要か」を議論し、再設計するつもりです。
慣習や企業風土も含めて、パーパスに照らし合わせて違和感が残るものは、一つひとつ見直していきたい。
もちろん、大和ハウス工業の良いところはより強化していきます。何を変え、何を残すべきなのか。これから議論すべきことは山のようにあります。
些細なことかもしれませんが、まずは私の部署では社内カルチャーだった役職付けの呼び方をやめて、“さん付け”で呼ぶようにお願いしたんです。
そうでなければ、自然体で対話したり自由な意見が飛び交ったりする場は生まれませんから。
斉藤 「自然体」も組織にとって重要なテーマですね。
これまでの大企業、特に「統制する組織」は、社員を“機能”と見なしていました。仕事に私情を入れないのが、良いこととされていた。
その結果、優秀な人材が集まっているのに、それぞれが機械のように同じ動きを求められる。それはとても不自然で、もったいないことです。
社員が一人の人間として尊重され、自分らしく働くことができる。それこそが自然体であり、あるべき姿でしょう。
石﨑 社内制度を見直し、パーパスが社内に浸透しても、そこで終わりではありません。
私がいなくなっても、大和ハウス工業は続きます。時代が移り変わるたびに、次の人がバトンを継いでいかなければ、働きがいのある環境は実現できないでしょうから。
創業100年を超え、次の時代に向かっていくためには、一人ひとりがパーパスに込められた思いを理解し、腹落ちして、心から「本当にそうだよね」と思えるようになってほしい。
これは組織や制度を変革する以前の話。その根底にある、企業カルチャーそのものの改革だと私は考えています。
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