光のいたずらで生まれる美しい影、透明なのに確かな存在感。
ハンドメイドのガラス器は、私たちの暮らしを華やかに彩ってくれます。
今回は1932年の創業以来手仕事にこだわり続けるガラスメーカー、
菅原工芸硝子(すがはらこうげいがらす)株式会社
(本社:千葉県山武郡九十九里町)を訪ねました。
自然豊かな地で手仕事を強みに
菅原工芸硝子株式会社(以下、スガハラ)は、ハンドメイドにこだわりながらモダンで品質の安定したものづくりを続けている日本屈指のガラス工房です。ガラス品製造が盛んな東京の下町・江東区で1932年に創業し、その後墨田区に移転。さらに1961年、より自然豊かな環境を求めて、千葉県の九十九里へと拠点を移しました。
それまでは下請けの工場として、問屋から注文されたものを製造していましたが、移転後、大きく舵を切ります。オイルショックで経済環境が悪化する中、価格競争に巻き込まれるのではなく、自社の強みを生かしたオリジナル製品を開発しようと考えたのです。
それからほどなくして、苦境を救う商品が誕生します。当時喫茶店などでコーヒーゼリーが流行していましたが、浅い形状の器で提供され食べにくいと感じた折に、試作してあった斜めにカットした小鉢ならスプーンですくって食べやすいのではないかと考え発売したところ、空前の大ヒットに。このコーヒーゼリー用の器がスガハラの原点と言われています。
また、自分たちの技術を駆使し、試行錯誤して生み出したものが世の中に受け入れられ、身近な場所で使われるという経験は、何にも代えがたい出来事でした。作り手である職人にとって、それは大きな喜びとなり、誇りとなりました。
原点となったコーヒーゼリーの器
未知の可能性を秘めた美しくも不思議な素材
ガラスの器づくりの基本は、古来ほとんど変わっていません。1400℃まで熱した炉の中に「珪砂(けいしゃ)」という砂などの原料を入れて水あめ状に溶かし、竿と呼ばれる鉄のパイプに巻き取ってさまざまな形を作ります。ガラスが固まるまでの間に息を吹き込むタイミングや力の入れ方などによって仕上がりの形が決まります。
陶芸や木工とは違って直接手で触れることができないガラスづくりは、まるで「ガラスとの会話」のよう。夏場は室温40℃を超えるという工房の中で、スガハラの職人たちはその時その時のガラスの状態に意識を集中し、目指す形を生み出していきます。
「ガラスのことが本当に好きでないと務まらない仕事です」と話すのは、スガハラの三代目社長を務める菅原裕輔さん。菅原さんもまた、ガラスの魅力に取りつかれた一人です。
ガラスの不思議な点は、液体から固体になっても組成が変わらないところ。水が氷になり、溶けるとまた水に戻るように、固体のガラスに熱を加えるとそのまま液体に戻ります。そうした性質ゆえに扱いが難しく、同時にさまざまな可能性を秘めています。
基本の製造方法は同じでも、道具や作り方の工夫によって生まれたスガハラ独自の技法がたくさんあるそうです。例えば、2色のガラスを重ねて作るDUO〈デュオ〉は「型吹き」と「重ね」の技法が用いられますが、重ね目(重ねた部分)が外側に出ず、グラスの内側にすっきりと納まるデザインになっています。
3月発表の新作を手に笑顔を見せる菅原社長
写真右から、BIRTH(バース)、LILAS(リラ)、DUO(デュオ)、TOMOMI(トモミ)
ガラスの生まれる風景
「いのちを吹き込む」
竿と呼ばれる鉄のパイプの先にガラスを巻き付け、ふうっと息を吹き込む。小さい球体に整えたガラス玉は「下玉」と呼ばれ、この上に製品ごとに必要な量のガラスを巻き取って成形していきます
「消えない炉」
1400℃近い高温で燃え続ける炉。火を消すのは10年ほどに一度、炉を作り直すときだけ。一日の仕事を終えた後、翌日のガラス原料を煮溶かします
「ガラスとの会話」
少し固まった状態で、ガラスの様子を見ながら少しずつ成形していきます。その様子は、まるで直接触れることができないガラスと会話をしているよう
「くるくる くるくる」
竿に巻き取った高熱のガラスが重力で垂れてしまわないように、手や機械を使ってくるくる回し続けます
「丁寧に仕上げる」
成形したガラスを徐冷(ゆっくり冷ますこと)した後、余分な部分を切り離し、切り口を削ってさらにバーナーで熱して角を取ります
「るつぼ(坩堝)」
工房の入り口横に、「るつぼ」が2本。炉の中は10本のるつぼが設置されています。この中にガラスの原料を入れて溶かします
「何度でも」
製造過程で出る端材や作業中に壊れてしまったガラスの破片を、色別にまとめておく場所。主原料となる調合された砂状の原料とともに炉に入れ、次の製品の材料として使います
「職人の勘」
スガハラの工房で一番のベテラン、塚本さん。半世紀にわたって制作に向き合ってきた職人の勘が、ガラスの最も美しい一瞬をとらえて形にしていきます
まだ誰も知らないガラスの魅力を新商品に
スガハラの大きな特徴の一つに、デザイナーではなく職人が商品を考えるという点があります。なぜなら、ガラスのことを一番知っているのは彼らだからです。新人からベテランまで、それぞれに「ガラスならでは」の表情を追求し、たくさんの試作品を自由に作っては、「こうしたら面白そう」「こんな技法を使えばこんな表情が出せる」と議論や試作を繰り返します。そうして毎年3月、創案者の名前とともに新商品が発表されます。
「作ってほしいものを職人に指示することはありません。売れるかどうかではなく、ガラスがいかに美しく見えるかを大事にしているので、どんな品が生まれてくるか私にも予想できないんです」と菅原さん。ただ一つ、約束事としているのは「暮らしの中で使えるものを作る」ということのみだそうです。
カフェで提供されるカプチーノ。ココアパウダーで記されたSghr(スガハラ)の文字にほっこり
Sghr cafeで楽しむ
器と料理のマリアージュ
カフェで使われている食器は、お皿もグラスもすべてスガハラ製。ガラス器の使い方の概念が変わりそうな、素敵な出会いがここにあります。
〈キーマカレー〉は「SPOLA(スポーラ)」と名づけられたユニークな鉢に盛って。型を使わず、フリーハンドで作られた存在感のある器です。発表から30年来、国内外のシェフからも絶大な支持を得ています。
〈ピーナツバター、野菜とツナのオープンサンド〉は、小花のような模様が華やかな平皿「LORE(ローレ)」に載せて。薄く軽いプレートで、立ち上がりがあるので持ち上げやすいのがポイントです。
〈しらすと水菜のパスタ オリーブソース添え〉を載せたのは、シンプルな楕円の形をゆったりと波打たせた「TUTT(I トゥッティー)」。みずみずしいガラスの輝きと優雅なフォルムが料理を引き立てます。
食卓のヒントを届ける Sghr cafe
社長就任を機に、菅原さんは本社敷地内にSghr cafeをオープンし、今年で11年目になりました。カフェで使われている器はもちろん、すべてスガハラ製。パスタやカレーなどの温かい料理をガラスの皿や鉢に盛りつけて提供すると、お客さんの目がパッと輝きます。
スガハラの器は高級レストランのシェフにも愛用されていますが、カフェではあえて手作りのシンプルな料理を出しているのだそう。それは、普段家庭で作るような料理や買ってきた惣菜でも、ガラスの器に盛りつけると食卓が明るくなったり、美味しくなったりすることを感じてほしいからです。Sghr cafeは手作りの料理やこだわりのドリンクとガラスの器とのマリアージュを体感していただく場であるのです。
ガラスの美しさと不思議さに魅せられ、その魅力をより多くの人々に届けたいと願うスガハラ。ハンドメイドの温もりの宿る器が、今日も日本中の食卓を透明な輝きで彩っています。
Sghr Rework〈エスジーエイチアール リワーク〉
2014年発表。製造過程で砂が溶けきれず気泡などが生じてしまうなど、自然素材ゆえの理由で正規品にできなかった品に付加価値を加えたシリーズです。七色に輝く加工を施すなど、ひと手間加えることで新しい魅力をまといます。
Sghr Recycle〈エスジーエイチアール リサイクル〉
2020年秋からスタート。ガラスはリサイクル性の高い素材ですが、色が混じってしまうと再利用できず、それまでは廃棄していました。リサイクルは、自然からもらった資源を無駄にしたくないと始めたシリーズで、一期一会の色が魅力です。
取材撮影協力
菅原工芸硝子株式会社
〒283-0112 千葉県山武郡九十九里町藤下797
Sghr スガハラ ファクトリーショップ
Tel:0475-67-1021
営業時間 9:30~17:30 年末年始休 臨時休あり
Sghr cafe kujukuri
Tel:0475-67-1020
営業時間10:00~18:00 年末年始休 臨時休あり
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2023年4月現在の情報です。