手に入れたときの喜びが、
見るたび使うたびによみがえる…
そんな記憶をまとったものたちは暮らしに
潤いをもたらしてくれるはず。
じっくりとものに向き合える、
兵庫県丹波篠山市のライフスタイルショップ
「archipelago(アーキペラゴ)」
を訪ねました。
2024.2
店内のお気に入りの場所で。小菅庸喜さん、上林絵里奈さん夫妻。
古い穀物倉庫を改装した
ライフスタイルショップへ
大阪から城下町・丹波篠山行きの電車に揺られ、田園を眺めながら1時間ほど。小さな無人駅・古市駅で降りると目に留まる、大きな白い倉庫が「アーキペラゴ」です。
エントランスから中へ入ると、天井の高い大空間。うつわや洋服、籠、木工…などさまざまな商品が慎ましく置かれています。「ここはもともとJAさんの倉庫。壁に付いた格子は穀物を湿気から守るためなんです。そこに影がおちるとグリッドが効いて気持ちいいかなと初めて見たときに思ったんです」と店主の小菅庸喜(こすげ のぶゆき)さん。内部を改装して2016年にオープンさせました。
夫妻は大阪からの移住。一度立ち止まって自分たちの身の丈に合った土地へ行きたいと決意。「落葉広葉樹が多い場所で暮らしたいという思いがあって。葉が芽吹き、花が咲いて、緑が萌えて、色づいて散って、土が肥えるみたいな循環がある。土も水分を含んだ土がいいなと。僕は埼玉の雑木林が多いエリアで育ったのでそういう原体験が楽しかったんでしょうね」
ぼんやりと始まったという移住計画は数年かけて形に。前職のセレクトショップでは小菅さんがブランディングなどを担当、上林さんはバイヤーでお互い出張が多く、各地へ出向いて気に入れば、旅行してみるなど検討を重ねた上でこの地を選んだと言います。
「地元の人たちには『新しい店ができるのは何十年ぶり』とか『こんなところで商売するの?』と逆に心配していただいたり(笑)。でも自分たちで情報発信できるし空間の力もある、ソフトさえあれば大丈夫だと思いました」。それから8年。今では、道中も楽しみながらたどり着く、わざわざ行きたい店として親しまれています。
駅から緩やかな坂道を歩いて1分ほどにある大きな倉庫。春には入り口の木々の緑が出迎えてくれる。
心地よい緊張感に包まれた空間に
一つひとつ選び抜いたものが並ぶ
高い天井を生かし、余白のある空間に。色分けされた格子が特徴的。照明も空間を邪魔しないように天井に付けられている。
「改装にあたっては空間の抜けを優先しました。そしてディテール。最初はわーっと空間を見てくださるんですが、割と長い時間いらっしゃると慣れてきて細かいところに目が行くんです。だからカウンターの縁だとか、取っ手とか細かいところも極力こだわっています」
そして商品は台上に、棚に、センス良く空間を生かして置かれています。「余白を持ちながら、ものが気持ちよく見えるように。遠方からわざわざ来てくださる方が多いのでゆったりと過ごせるようにというのは意識しています」
あえて少し緊張感を持たせた空間を目指したという小菅さん。すっと背筋を伸ばして、ものにきちんと向き合うための仕掛けともいえそう。その緊張感を良い加減でほぐしてくれるのがお二人の接客です。話を聞くうちに、ものへの興味がさらに増していくのを実感します。
手の仕事が美しい日常を運んでくる
予感がする
さりげなく飾って様になる、山桜の手提げ籠。美しい手仕事はものに余韻が漂う。220,000円。
置かれているのはどれも夫妻が選び抜いたもの。「自分たちがいいなあと思えるもの。基本的には使ってみていいなと思えるものですね。作家さんの工房を訪ねて、知り合いになってから制作をお願いしています。ものももちろん魅力があるんですが、その人の魅力にも惹かれるというか、結果的に長くお付き合いのある作家さんが多いですね」。作家によっては、こういうのをつくってみては、と意見を交わすこともあれば、店のオリジナル商品をつくってもらうこともあるそう。
信頼関係が感じられる作家の話、作り手のこだわり、あるいは、使ってみた上でのリアルな良さなど、一つひとつのものにまつわる話を聞くと自然と興味が深まっていくよう。手に取りながら、わが家にある姿を想像してしまいます。
「どう買っていただくか、が、そのものの先の一生にも関わっていくように思うんです。たとえば、これとこれとこれ! みたいな感じで選ばれたものは、割とラフに扱われるんじゃないかなと想像してしまう。そのものの魅力はもちろん、買ったときにどんな会話があったのか、どういう時間を過ごしたのかまで含めてものを選んでいただけたら。そうした時間や空間を提供することが、僕たちがここでやっている意義のように思います」
東京・南青山と京都・美山を拠点にコンセプチュアルな衣服づくりをする「COSMIC WONDER」の作品。琉球藍や泥染など化学処理を行わない衣類は長く愛せるもの。円形の縫い目がタグがわりに。藍染ワンピース66,000円ほか。
手仕事の沢胡桃(さわぐるみ)や山葡萄の籠。「秋田で80代のご夫妻とその姪ごさんがつくっています。この書類籠は僕もパソコンや領収書を入れたりして使ってますね」。88,000円。
蝋引き鞄などを手掛ける布作家の瀧川かずみさんによる作品・ピロー。「枕という機能もさることながら、布のオブジェのような形で部屋にあっても可愛らしいです」。リビングに置いてもいいなあと思える。22,000円~。
長く付き合いのある栃木・益子の郡司製陶所の皿。焼成温度を下げて昔の焼き物のように仕上げている。「ヨーロッパのアンティークのような風合いが生まれるんです。家では焼き菓子やフルーツを盛って使ってます」というお二人にならってセッティング。皿一枚が変わるだけでいつもと違う風景が生まれそう。
店内にはオブジェも。「やわらかい表情なんですが裏返すと尖った直線的な表情もあって。タイトルは『偶・母』。そう聞くとちょっと驚きますよね」。京都・南丹市で制作する「家具と陶 やがて」の作陶家・秀野真希さんの作品。38,500円。
店内、うつわやオブジェが気持ちよく置かれた一角。アンティーク風の皿を飾ったディスプレーはわが家の参考になりそう。郡司製陶所のいっちん技法のもの。
隣接する本屋さんものぞいて
カフェコーナーでくつろいでも
2023年12月にすぐそばで、本を扱う「AURORA BOOKS(オーロラブックス)」の実店舗をオープン。建物はもともとはJAの金融支店だったそうで、明るい店内に薪ストーブの炎が和ませてくれる空間になっています。
「ジャンルはあまり決めていませんが、読みたい本、気になる本、それにアーキペラゴで展示をする際に作家さんに好きな本や影響を受けた本をいくつか聞いて、そこからイメージを広げて本をそろえたりしてますね」と上林絵里奈さん。作家同士に意外な共通点が浮かび上がったりと新たな発見もあるのだそう。置いてある本を通して自分たちのことも知ってもらえたらとの思いも込められています。
すがすがしい空気感が漂う店内。窓辺には「家具と陶 やがて」の作陶家・秀野真希さんのオブジェがさりげなく飾られている。
薪ストーブのあるくつろげる空間に。ストーブの右手にテーブルが並び、購入した本を読めるカフェスペースも。自家焙煎のコーヒーなどを提供。
工芸、建築、アート、デザインなど古今の美しい本がそろう。
店名の「アーキペラゴ」とは海域を指す言葉で「多島海」の意味。小菅さんが高校時代に知って以来、心に留めていた言葉だそう。
「大きい島、小さい島、さまざまな島があって、僕たちは小舟でそんな島々を回って自分たちの港に持ち帰って人々に広げていく。ある種、ネットワーク的なイメージですね」と小菅さん。伝えていくのは単なるものだけではない、とも。思いがけない出合いや気づき、さまざまな記憶のきっかけを探しに訪れてみませんか。
archipelago(アーキペラゴ)
兵庫県丹波篠山市古市193-1
tel.079-595-1071
※営業日はSNSでお知らせしていますのでご確認ください。
archipelago.me
※表示価格は消費税込み2024年1月現在。詳しくはアーキペラゴのウェブサイトをご確認ください。
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