岡山県・倉敷は天領地の歴史と
文化が根づいた町。
当時の面影を残す倉敷美観地区に、
古い町家を改修した一棟貸しの宿
「滔々 toutou(とうとう)」御崎 町家の宿と
Gallery / 本店を訪ねました。
2024.6
玄関に入ると広々した土間とリビング。吹き抜けの開放的な空間が迎えてくれる。
倉敷美観地区に7つの宿を展開。
受け継がれた建物で暮らすように旅を
柳並木が続く倉敷川周辺に広がる倉敷美観地区。なまこ壁の美しい建物が連なり、編み笠姿の客を乗せた川舟が目を引きます。大原美術館を筆頭に独自の歴史と文化を育んできた場所です。
その美観地区内に7つの宿と2つのギャラリーを営むのが滔々です。屋号は山合いを流れる川のイメージから。蔵や古民家が長年の主の手を離れ、訪れる人々を受け入れながら続いていく姿を、潤沢な水が絶えず入れ替わりながらも川として存在する様子にならって名づけられました。
「倉敷美観地区は大原美術館があったことで空襲を逃れた特別な場所。古い町並みも残り、しかも住まわれている方もいらして、実際の町として今も機能しているんです」と滔々のフロントスタッフの方。宿はそうした「町に泊まる」ことをコンセプトにしているそう。
倉敷美観地区を流れる倉敷川。かつて運河として栄え紡績産業を支えた。今は観光用の小舟が人気。川縁には原綿を下ろした石場も残る。
メイン通りの喧噪から少し離れた地に立つ「御崎 町家の宿」は最初に出来た宿。もともと貸しギャラリーとして使われていた大正時代の古民家を改修し、2018年、1日1組限定、一棟貸しの宿としてオープンしました。食事はつかず、素泊まりのみの泊食分離スタイル。旅先の町で暮らすように過ごせるのが魅力です。
中に入ると天井を抜いた吹き抜けの空間。手仕事によるランプシェードも違和感なくなじんでいます。ソファに座ると正面の窓には季節を映す小さな庭、ケヤキの床に木々の影が揺れて心和む風景です。
1階にはほかに和室と調理ができるキッチンなどの水回り、リビングの階段を上がると2階に土壁を残した寝室があります。
リビングから小庭の緑を眺めてくつろげば、旅先にいるのを忘れそう。町家ならではのこぢんまりした空間が心地いい。
「残せる部分は残して、再利用できるものはそのままで。時間を重ねた建物を生かすため、新しい部分には時間とともに味わいが増す素材にこだわりました」。柱や梁はそのままに、床や階段など改修部分にも無垢材が使われています。オープンから6年、使い込まれて少しずつなじんできたといいます。
和室から通りを眺めて。こたつにもなる座卓はさしものかぐたかはしさん、丹羽拓也さんの共同作品。座布団は神山結子さん作。奥の縁側の窓は昔のまま。
和室の障子を閉めると、階段のシルエットが浮かび上がって印象的。
2階の寝室。土壁の鉄分が浮いた斑点が見られ、蛍壁と呼ばれている。
使い方や見せ方、
手仕事によるものの
生かし方が暮らしを豊かにする
「最初に出来たこともありますが、この宿が一番落ち着くというか、庭もあって家のような雰囲気だと思います」
生けられた花に和んだり、お茶を入れてひと休みしたり。普段の暮らしの感覚でいて、いつもより特別に思えるのは置かれた手仕事のものたちの存在ゆえかもしれません。
作家による手仕事の作品はソファやカウンター、座卓、照明などの家具はもちろん、チェストや花器から、座布団、スイッチのプレートにいたるまで。特別にあつらえたものも含め、空間に調和することにこだわり、選び抜かれたものだけが置かれています。
さらにキッチンの備品にも作家の作品がそろいます。茶器やカップ、グラスなどを実際に使うことができるのが魅力。在庫がある限りは購入が可能だそう。「朝食でコーヒーを飲んだ備前焼のカップが使いやすかったのでと、チェックアウトの際にお求めになられたお客さまもいらっしゃいました」
暮らすように過ごすことで、空間に合うものを選び、配する心地よさを実感するひととき。「やはり、ものには力があると思います。単にものといいますがエネルギーを持っている。やわらかさとか、力強さとか、はかなさ、そうした感覚的な部分にすごく作用があると思います。そばに置いて触れて暮らすことで、感覚がちょっとずつ心地よいふうになると思ったら、それは身近にあった方がいいものだと思いますね」
(左)玄関を入ってすぐ左手がキッチン。サクラのカウンターテーブルにはお茶と果物、朝食用のパンなどがセットされている。カウンターテーブルはさしものかぐたかはしさん作の特注品。急須、湯呑は西村峰子さん作、トレーは田澤祐介さん作。(右)格子状のタイルが空間に調和するキッチン。シンク下には特注の食器棚を設置。
(左)リビングの吹き抜けの天井には伊藤 環さん作のランプシェードを高低差をつけて配置。(右)リビングの柱に生けられた花に癒やされる。花器は森本 仁さん作。
(左)和室の床の間には森 夕香さん作の絵を掛け軸に。手前に森本 仁さん作の備前焼のオブジェを配して遊び心のあるしつらえも。(右)通り側と反対の縁側は改修前に使われていたステンドグラスのランプをそのまま利用。
(左)浴室の手前の壁には森本 仁さん作の小さな花器に花を。特注のスイッチプレートで生活感を出さない工夫も。(右)浴室の窓から小庭を見る。空間と開口部のバランスに惹かれる。
併設のギャラリーで
さらに手仕事の美しさを知って
宿のフロント機能も備えているのが、併設の「Gallery / 本店」です。宿とは趣の異なるモダンな店内はオリジナルの什器で統一され、木工、ガラス、うつわ、革小物など地元はもちろん、全国各地の作家の作品を紹介。別室では定期的な展示会も開催されています。
開放的な空間に置かれた作品は、宿で見たのとはまた違い、少しすました表情にも見えます。気になったら手に取って、一つひとつ、じっくりとものに向き合って選んでみてはいかがでしょうか。
シンプルな空間にはさまざまな工芸品が並び、ここにも野の花があちこちに。
「使い手に小さな幸せを感じていただけるものを」と、富山で制作する三野直子さんのガラス作品。吹きガラスに浮かび上がる文様が独特。
ガラス工芸家・笹川健一さんの作品。再生ガラスと金属を原料にしたやわらかなブルーグレーが特徴。繊細な表情に惹かれる。
吸いつくような、やわらかな質感が目を引く、人気作家・高久敏士さんの白磁もさまざまにそろう。温かい表情は食卓にもすっとなじみそう。
石川県にて仏像制作に携わる中村志野さんが手掛けた彫刻。「暮らしを通して出合う、小さな存在への眼差しを大切に木を彫る」という。
益子で制作する宮澤有斗さんのうつわは、手の痕跡や釉薬の流れが景色となる独特の仕上げ。ミニマルなフォルムと硬質な雰囲気が魅力的。
「Gallery / 本店」から徒歩数分、メイン通りには「倉敷民藝館南店」も。倉敷民藝館に隣接することもあり、本店とは異なる、手仕事であり民藝を意識させる作品をセレクト。作家の展示会も行っています。こちらにも立ち寄って、楽しいもの選びの時間を過ごしましょう。
※いずれの展示品も時期により異なることがあります。ご了承ください。
滔々 toutou
御崎 町家の宿
倉敷市中央1丁目6-9
床面積84m2、5名まで(2ベッド+3敷布団)、一棟貸し。
平日2名・44,000円~
Gallery/本店
倉敷市中央1丁目6-8
tel.&fax. 086-422-7406
12:00~17:00 無休
倉敷民藝館南店
倉敷市中央1丁目4-13
tel. 080-9799-7751
12:00~17:00 無休
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