土を焼き固めた武骨な直方体を緻密に積み重ね、
躍動感あるフォルムや威風堂々とした表情を描き出す
煉瓦(れんが)匠、高山登志彦(たかやま としひこ)さん。
職人としての誇りや後世に残したい煉瓦建築の文化について、お話を伺いました。
煉瓦の魅力を日本に伝える匠として
三代続く煉瓦職人の家に生まれ、その半生を煉瓦とともに歩んできた高山登志彦さん。自らの手で一つひとつ積み上げて建築物をつくる壮大さや、自身の仕事が100年単位で後世に残ることに誇りをもち、業界の第一人者として数々の歴史的建造物を手掛けてきました。
煉瓦という建築資材の歴史をたどれば、古代メソポタミア文明までさかのぼります。ヨーロッパでは古くからさまざまな建造物がつくられ、築300年を超える煉瓦の建物が今も使われていることが珍しくありません。時を重ねて増す風格や周囲の環境との調和性など、煉瓦の醸す魅力がヨーロッパの古い街並みを美しく印象付けています。
一方、日本で煉瓦が製造されるようになるのは1860年頃からです。幕末から大正期にかけて、赤煉瓦を使った荘厳な公共施設が多数築かれました。ただ、ヨーロッパと違って地震国である日本では、当時の煉瓦建築が地震で倒壊した例も多く、近代では構造躯体ではなく壁面を飾る化粧材としてのみ用いられることがほとんどでした。
しかし、ヨーロッパでの修業経験や自身の研究から煉瓦の特性を知り尽くした高山さんは、「煉瓦ほど丈夫で長持ちする建材はない」と力強く語ります。構造理論に基づいて確実に積むことで、重力を味方につけ、自らの重みで支えられるからです。また、現代の煉瓦建造物は崩壊や脱落を防ぐために内側に鉄筋を入れて構築されています。実際に、高山さんがこれまで手掛けた建築物は2度の大震災にも耐え抜き、ちょうど施工中だった現場さえも崩壊しなかったのだとか。この稀有(けう)なエピソードが、煉瓦の耐震性と職人の確かな技術を証明しています。
名古屋市内で新たに施工したビルの前にて。斜めに積まれた煉瓦の模様が、建物の中へと人を導くようなデザインです
人と街と地域を結ぶシンボル
2022年、高山さんは分譲住宅地全体を煉瓦で彩る大型プロジェクトに参画しました。愛知県豊川市のコンペティションに採択された街づくりにおいて、高山さんは地域の伝統文化を街の景観に落とし込み、そこに暮らす人々の愛着を深めることをコンセプトとしました。「豊川といえば、日本三大稲荷の一つである豊川稲荷や、家康公ゆかりの三河の手筒花火がある。地域の誇りであるこれらの伝統文化を煉瓦で表現しようと考えました」(高山さん)
キーワードは〈らせん〉と〈られつ〉。〈らせん〉は手筒花火に巻かれた荒縄や、神の使いである狐の尾を表し、〈られつ〉は豊川稲荷の千本幟(のぼり)や花火の連続性を表現します。
街の入り口には、力強く〈らせん〉を描いて大地から生えてきたような柱が〈られつ〉する、スパイラルウォールが堂々とそびえます(1画像)。通りの各所には柔らかなうねりを描くゲートウォール(2画像)やアイストップウォールが、角地には透かし積みの技法を使ったコーナーウォール(3画像)が設けられました。スパイラルウォールのデザインアクセントであるクリスタル煉瓦は、大地の源であり生命の源でもある豊川を流れる水をイメージしたものだそうです。
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ねじりながらダブルで積んでいくスパイラルウォールが、街の顔となる場所に。目地にも地元産の砂が使われています
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街の各所に設置されたゲートウォールやアイストップウォールには、クリスタル煉瓦がアクセントを添えています
さらに、高山さんは各住戸の宅配ボックス一体型門柱にも、ねじり積みの煉瓦をデザインしました。夕暮れ時に外から帰った家族が柔らかな光を目にして安心できるように、表情ゆたかな明かりで迎えたいという思いから制作されたものです。いずれの煉瓦も地元三河産の土から作られており、アイコニックなオブジェが歴史ある豊川の郷土と新しく誕生した街とを結びつけているといえます。
文化や流行などあらゆるものが激しく移り変わる現代。人に与えられた寿命よりもはるかに長い時間、変わらない姿で存在し続けるシンボルは、そこに暮らす人々の拠り所となり、心をつなぐ鎹(かすがい)になることでしょう。
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左:コーナーウォールは透かし積みの手法で軽やかに。視認性を高めることで交通の危険性を回避する配慮をしています
右:宅配ボックスと一体になったデザイン門柱にも、スパイラルウォールが。各住戸のシンボルとして取り入れられています
煉瓦の可能性を追い求めて
土を固め、四角く切り落とし、火で焼き固める。素朴かつ武骨な素材を、人の手でひたすらに積み上げていく。ただそれだけのシンプルな造形だからこそ、煉瓦には無限の可能性が宿ります。
高山さんは煉瓦積みを通して建築やインテリア、ランドスケープに命を吹き込むマイスターという肩書に矜持(きょうじ)をもち、さまざまな現場をクライアントや建築家とともに作り上げてきました。これまでに数多くの実績を重ねながらも、常に過去の自分を超えるべく、新しい煉瓦の積み方を模索しています。
2023年に手掛けた名古屋市中心部のビルのファサードには、10パターンもの幾何学模様を惜しみなく落とし込みました。圧倒的な物質感で夜の街・錦に存在感を放ち、街を行く人が思わず見上げる佇まいです。
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名古屋市内のビルのファサードを飾る圧巻の煉瓦模様。アーチ状に積んだ煉瓦のデザインは、確かな技術と理論によって成せるもの
埼玉県内の病院のロビーを彩るアートは、クリスタル煉瓦を中心に構成。クリアな輝きが高麗川の清流を表現し、その周囲にはかわせみや藤の花、曼殊沙華(まんじゅしゃげ)など四季の生き物たちの姿がいきいきと描かれています。「無機質になりがちな病院の壁面に、煉瓦のアートで“命”を表現しようと考えました。病を得て来院する人やその家族の心を癒やし、気持ちを少しでも良い方に向けることができれば」
煉瓦を積んでいる時は、ひたすらプレッシャーと闘う辛い時間だと笑う高山さん。仕上がった建物を見た人の驚きの顔やクライアントからの感謝の言葉が、その苦労を吹き飛ばしてくれます。日本各地で煉瓦という悠久の時間を描きながら、高山さんは新しい挑戦を続けていきます。
煉瓦が見せる
さまざまな表情
なびく
煉 瓦
勝浦市芸術文化交流センター・キュステ(千葉県)の壁面。風に吹かれて波立つように見える煉瓦のルーバーが、季節や時間帯によりさまざまな表情をあらわします
導 く
煉 瓦
テナントビル(画像4)、SAKE PARADISE(愛知県)のエントランス通路壁面。煉瓦の作る幾何学的な模様が、華やかな夜の世界へといざなっているようです
流れる
煉 瓦
旭ヶ丘病院(埼玉県)のロビーでは、煉瓦でホスピタルアートを制作。訪れる人の心を少しでも明るく元気づけられればと、生命力みなぎる川の流れと生き物の姿を描きました
育 む
煉 瓦
グローバルキッズ飯田橋園(東京都)内のプレイルーム。親と離れて過ごす子どもを思い、母の優しさや温もりを表現する滑らかな曲面の煉瓦壁をデザインしました
PROFILE
高山 登志彦さん(たかやま としひこ)
1968年生まれ。二代目である父とともに、数々の歴史的煉瓦建築に携わる。三代目継承後も、現代建築から修復保存まで種々の煉瓦建築を手掛ける。2014年、より広く深い煉瓦匠としての活動を視野に、株式会社髙山煉瓦建築デザインを設立。煉瓦を使ったアートワークの制作をはじめ、講演会・シンポジウムへの参加など、“職人の復権”をテーマとする活動を展開中。
取材撮影協力
株式会社 髙山煉瓦建築デザイン
東京office
〒107-0062 東京都港区南青山5-4-35
たつむら青山M603号
TEL 03-6712-6205
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