秋葉淳一のトークセッション 第1回 物流の価値観をひっくり返したい株式会社フレームワークス 代表取締役社長 秋葉淳一 × 日本電気株式会社 ランスポート・サービスソリューション事業部門 スマートILM統括部 ロジスティクス事業企画グループ ディレクター 武藤裕美
公開日:2022/04/28
物流の価値観をひっくり返したい
秋葉:武藤さんが実行委員長を務めた「ロジスティクスソリューションフェア2022」で、高度物流人材についての話がありました。物流サイドから見た高度物流人材というより、もう少し幅広く、物流DXとは何か、働き方をどうするか、物流DXを行うのはどのような人たちなのかといった話でした。新型コロナウイルスの感染拡大によって、働き方が強制的に変わってきた中で、デジタルを活用すべきだと再確認しているのが今の状況だと思います。
今日は、サプライチェーンの中で、これからのエンジニアに必要なものとは何か、物流DXをどう進めていくのか、そのための「人財」教育、知識とは何かについてお話ができたらと思っています。まず、武藤さんのお仕事についてご紹介いただけますか。
武藤:私はNECの交通・物流ソリューション事業部というところに所属しています。「人とモノの動きをどのように最適化していくか」をテーマに、事業企画や開発を手掛けている部門で、これまでサプライチェーンやロジスティクスを中心に仕事をしてきました。NECの現会長が公益社団法人日本ロジスティクスシステム協会(以下JILS)の会長を務めている関係でJILSともやり取りがあり、秋葉さんともご一緒させていただいています。その中で、JILSが隔年で開催しているロジスティクスソリューションフェアの委員長のお話をいただきました。前回までは重鎮の方々が務めてきたので、最初は、私で大丈夫かなと思いましたが、JILSさんに「変えたいんです」と言っていただいたことは、嬉しかったですね。
秋葉:これは私の中では象徴的な出来事でした。武藤さんがおっしゃるように、これまで、企業の重鎮の方々がJILSのイベントの委員長を務めてきましたから。さらに、武藤さんはその重圧のなか、最初から変革を起こそうと動かれました。最初の会議で武藤さんが、「役職名で呼ぶのをやめてすべてさん付けにしましょう」と提言をされたときは、きちんと仕切っていてさすがだなと思いました。 武藤さんは、学生時代から、今のお仕事をやりたいと思って勉強してきたのですか。
武藤:もともとは、小学校の友達からは国文学系だと言われるような生徒でした。高校のときに計算機サークルの方々がいて、会話が通じる気がしないわ、と思ったほどです。将来、私のような人間がコンピュータに生活を支えられる立ち位置になったとき、その人たちと私たちの間をつなぐ役割が必要になります。それで、そのままいくと本ばかり読んでコンピュータや理系には触れなさそうな自分が、どうせ大学へいくのだったら理系にいってみようと思ったのです。
そして、理系にいったものの、3年やっても世の中にコンピュータがどう使われるのかよくわかりませんでした。4年生になって研究室に入り、研究を始めてもまだわからない。それで、もう3年やるために大学院に進みました。
卒業後は、コンピュータが世の中を支える社会に寄与できる会社に入りたいと思い、NECに入社。いわゆるプログラミングや開発というより、もう少し世の中に近い事業の企画をやりたかったので、それに近いSE部門に入りました。そこでは、サプライチェーンマネジメント、当時はデマンドチェーンマネジメントとも言われていましたが、世の中のニーズをデータから読み解いて、それに対してどのように需給のオペレーションをしていくか、その仕組みづくりに携わってきました。
今はWebサイトでポチっとすれば当たり前のように商品が手に入りますが、自分のところまで滞りなく来るまでには、間にさまざまな人たちが携わっています。皆のために役立つ仕組みをコンピュータで実現できないかと考えて、物の流れ、サプライチェーンへと入ってきました。そこから辿ってきたので、物流事業者さんのお手伝いもしましたし、「武藤に任せれば結果を出す」と思われたのか、他の人がやらないような新しい仕事を指示されました。あるときは、テレマティクスのはしりのようなところでテレマティクスの仕組みを作ったり、またあるときには、マテリアルハンドリングシステムを物流現場にほぼ寝泊りしながら作ったり。そのなかで、自動化の仕組みを取り入れたり、動かすようなことをやったり、事業企画も勝手にやっていました。また、画像認識を使って、物にタグを貼らなくても検品ができる仕組みを作りたいと思い、取り組んでいたら、「そういうことをやりたいのであれば、部門を作るからそこの部長にならないか」と言っていただいて、今に至っています。
秋葉:目立っていたのでしょうね。陰でやっているだけでは部門なんて作ってくれませんよ。物流は好きになりましたか。
武藤:好きにもなりましたけど、ものすごく嫌いにもなりました。「何なのだろう、これは」と思いましたね。欧米に比べて、日本には「サービスはただ」という風潮があります。特に物流業界の現場は、そのしわ寄せをもろに受けています。その人たちもそれが当たり前になっているので、その物流をシステムで支えるベンダーはさらに大変です。
秋葉:システム系は「縁の下」の存在と言ってもいいですからね。
武藤:言ってみれば、システムを縁の下から支えるICT系と、最終的にモノを動かし社会を支える物流の組み合わせで、「下支え×下支え」です。物流の仕事に携わることで、「物が止まったら、世の中みんな生活できなくなるんだからね」という気持ちが生まれました。一方で、物流を活用することで商流を押さえている企業は、大きな利益を出している。「これはおかしいのではないか」と思いました。物流側は滞りなく動かしてあたりまえで、モノの動きが滞れば大きな赤字になることもあります。ところが川上にいる企業は、スムーズに動かし続けることができれば大きな利益につながるわけです。「この価値観をひっくり返してやろう」と思いました。その一念は大きいかもしれません。
囲うことでは解決しない、深刻なエンジニア不足
秋葉:物流には課題が山積みなのは、ほとんどの人が理解していて、今までのやり方ではだめだと切羽詰まっているのですが、「何とかなるのではないか」と「何とかしたいけど人がいない。人がいないからどうしようもない」のせめぎ合いなのでしょう。人がいないことを理由にしているのですが、一方では、人がいないことを理由に自社で囲い込もうとしているところもあります。囲い込もうとするから人がいないのであって、それを続ける限り、人不足は解決しないと思います。
武藤:放出せざるを得なくなればいいのかもしれないですね。
秋葉:エンジニア全体が不足していて、それを生業としている武藤さんの会社も、私のところも常に不足しています。物流系の会社や、メーカー、小売業の中の物流系システム担当をやりたいと言って手を挙げる人がいるかというと、相当厳しいですよね。
武藤:少ないですね。最近は、新入社員の面接でも、ロジスティクスをやりたい、サプライチェーンをやりたいと言ってくれる人が増えてきましたが、おそらく物流会社のシステムをやるというイメージではないと思います。
秋葉:今までは、「物流会社や、メーカー、小売業の物流オペレーション、システムを見る人がほしい。そこに高度な物流人財を入れたい」といった議論がされてきました。しかし、こうした人財は、囲い込まなければならないのでしょうか。囲おうとすること自体が違うと思います。
武藤:私もそう思います。囲うよりも、実は、一緒にやったほうが効率的、生産的にできるケースも多い。結局、物流は全産業に食い込んでいるので、サプライチェーン軸で考えると、サプライチェーン全体でやったほうが早いテーマがたくさんあります。私は、各会社で囲うより、一つのテーマごとにプロジェクトを組んだほうがいいと思っています。
秋葉:今は、開発環境を含めて、集まった人たちでシステムを組むことができる環境があるので、囲う必要は全然ないですよね。例えば、ある会社では、エンジニアを囲って、自社の仕組みを作った後、エンジニアを囲っておくために、本業ではないのにシステムを売り出しました。システムを商売にすること自体がすごく大変なのに、本業ではないところで本当にやり切れるのでしょうか。エンジニアを囲っておくという発想があるからそうなったのではないかと、私は思っています。そういったケースが最近増えてきました。
また、エンジニアの特性もさまざまですが、常に新しい仕事をしていたい人たちが多く、保守、メンテナンスをずっとしていたい人は少ないでしょう。抱えた人の多くは新しいことをやりたくても、自社の仕組みでは新しいことがなくなっていく。だとすると、エンジニアに払う給料を捻出するためにも外販するというサイクルになります。しかし、個別にそれをやっていること自体が無駄なのです。システムを売るということは、保守、メンテナンスをしなければいけない人たちも増えるわけです。完璧なサービス型にしていれば別ですが、物流はどうしてもカスタマイズを入れがちなので、そうすると、お客さんに付いたエンジニアは保守に取られていきます。
武藤:良くも悪くもやはり現場が強いので、全部聞くことになります。さらに業界の構造上荷主も強いので、荷主の言うことも聞くとなると全部を聞かなければいけない。そうするとかけ算式に増えていって、個別最適がたくさんできていきます。
秋葉:個別最適どころか、個人最適レベルになりますよね。
武藤:まさにそうです。その人でないと仕様がわからないという話がたくさんあります。
少し話は違うかもしれませんが、お客様の要件を解決する仕事を続けていると、表面的な仕様や課題だけをもとに、要件変更や追加が頻発することがあります。そうなると工数ばかりがかさみ、利益が減少し、赤字になることもあります。そして、赤字が大きくなれば、会社は事業縮小を判断し始めます。私が営業をやっていたとき、そうなって初めてハタと気づいたことがありました。この事業を会社側から畳まれてしまったら、結果的には、このお客様が困るのだと。
10年、15年、20年と仕組みを使ってきて、「あと3年で事業をやめます」と言われた瞬間にたぶん立ち行かなくなります。そこをいかにうまく伝えて、表面的な問題を解決しながら、長く続く方法も探るというギリギリのところでどう生き残れるか、今はこうした折衝を我慢強く続けていくしかないと思っています。
秋葉:物流もシステムも動いていて当たり前です。動いていて当たり前だから、動かないと大変なことになる。しかし、動かし続ける側のエネルギーも必要な中で、変革を求められているのです。
武藤:抜本的に解決するためには、スクラップ&ビルドをすれば良いと簡単に言われますが、簡単ではありません。非常に悩ましいのが、本当にスクラップされたら多分ビルドされるのでしょうけど、ほぼスクラップに近くなっているけど何とかやっている場合は、それで何とか頑張ろうという感じになりますよね。自分にもそういうところがあるので、何とか頑張る気持ちもわかります。本当になくなったところまでいってからビルドしたほうがいいのか、なんとか動いているのをチェンジしていくほうがいいのか。これは永遠のテーマです。
システム、物流は、すべてを貫く横のつながり
秋葉:価値あるものを生み出していくプロセスのことをバリューチェーンと言いますが、バリューチェーンとは、ステークホルダーにどうやって価値を提供するかというチェーンの話です。それを支えているのがシステムであり、物流です。それなのに、そこに日の目が当たりません。
コロナ禍で海上輸送が滞ってしまった、半導体が手に入らなくなったといった話も語られましたが、残念なことに、それがロジスティクス、サプライチェーンの問題だとは言われずに、コンテナ問題と半導体問題と言われてしまいました。システムと物流でニュアンスは違いますが、目の前で起こっている問題は、表面で捉えるのではなく、サプライチェーンの問題として捉える必要があります。
私がこの業界に足を踏み入れた頃とは状況はだいぶ変わってきていますが、まだまだ本質的なことは伝えられていないし、伝えるための人財が不足しています。フィジカルな物流の問題については、ロボットベンチャーも含めていろいろ出てきて、語られるようになってきました。しかし、DXによって、ロジスティクスやサプライチェーンにイノベーションをもたらそうと思えば、そもそもの仕事の仕方を変えることによって、働いている人、関わっている人、消費者に対して、価値の提供を進めていかなければいけません。しかし、それを考える人、実行する人が不足しているのが現実です。
武藤さんの会社には大勢のエンジニアがいらっしゃると思いますが、そのうち、ロジスティクスやSCM(サプライチェーン・マネジメント)という領域で関わっている人は何%ぐらいいらっしゃいますか。
武藤:数万人のエンジニア・技術者がいますが、ロジスティクスやSCMに関わっているのは数パーセントにも満たないと思います。ただ、技術者や研究所者の人たちが、ユースケース(利用者などの主体〔アクター〕がシステムを用いて何らかの目的を達成するまでの、アクターとシステム間のやり取りを定義したもの)からテクノロジーをどう生かすのかというアプローチを始めた結果、多くの部門がロジスティクスもしくは物流をテーマに考え始めました。
私は今が、ロジスティクスに興味を持っていただくチャンスだと思っています。うちのチームだけでいうと人数は少ないですが、全グループのチームが私のチームだという気持ちで、仲間作りをしています。少しずついろいろな人たちと会話をして、チームとして一緒にやってもらうテーマを投げ込まれたら、必ず受けるようにしています。
秋葉:いろいろなところに関わるのは大事なことです。例えば、大和ハウス工業は、大枠としてどのような建物を建てるかで事業本部が切られています。物流施設は事業施設なので建築事業本部で、戸建て住宅には戸建て住宅の事業本部があって、集合住宅は集合住宅、小売業のお店は流通店舗など、基本的に建物の種類、いわゆる「縦」で分かれています。しかし、私たちの仕事は横で展開しています。システムにしても物流にしても、建物の種類には拠りません。いろいろな人と関わることによって、いろいろな形のものを提供できるし、逆にいろいろなことを勉強させてもらっています。お互いにいろいろな効果を出し合えるのが、システムや物流、ロジスティクスに関わる人たちだと思っています。
武藤:まさにそうですね。全業種、全業態に必要なのがICTと物流だと思うので、全員とつながるしかありません。
秋葉:世の中はどうしても業界的な切り方をしたがりますが、そこも最近では壊されつつあると感じています。各業界団体の中で標準化の議論がされていたのが、これだといつまで経ってもサプライチェーン全体で解決しないことに気づいて、横断的な場ができてきて、そこで標準化が議論されるようになってきていますので、この流れを加速したいと思っています。