秋葉淳一のトークセッション 第1回 「伝える」「伝わる」にフォーカスし、物流業界に対して貢献株式会社トーチリレー代表 神保拓也× 株式会社フレームワークス 代表取締役社長 秋葉 淳一
公開日:2022/10/31
『ミライへつなぐロジスティクス~ミナミと学ぶ持続可能な世界』は経営者にこそ読んでほしい
秋葉:神保さんは、ファーストリテイリングの物流事業の責任者として辣腕を振るわれてきました。しかも、物流のあるべき姿を描き、そこへ向けてイノベーションを起こしていくという、誰もできなかったことを成し遂げられた感がありますが、どのように物流にアプローチされたのですか?
神保:私と秋葉さんが最初に直接お会いできたのは約6年前なのですが、実はその数ヵ月前の6年6カ月ぐらい前に、著書を通じて秋葉さんに出会っていました。2016年、執行役員として私が物流改革を担当するという、衝撃的な人事異動がありました。私は物流の素人だったので、ユニクロの物流改革をどう進めればいいのか分からず、東京駅の丸善書店に行って物流の本を片っ端から買い、アマゾンで「物流」「サプライチェーン」で検索して、100冊以上の本を購入しました。今でも忘れませんが、その頃の私は新婚ほやほやで、新婚旅行で南の島に行くスーツケースの中に、サプライチェーンの本を詰めて行きました。南の島の白い砂浜と青い海、ビーチでカクテルを飲みながらサプライチェーンの本を読んでいました(笑)。その中にあったのが秋葉社長の本だったのです。これが本当に面白かった。クライアントが苦しんでいるとき、どの領域の話をどの順番でするべきなのか、きちんとおもんぱかっている人でないと書けない本だと思いました。
この人は一体何者なのだろうと、そのときから秋葉さんは私の憧れの的になりました。どうしても会ってみたくて、当時の部長に、著者の方になんとかして連絡を取りたいと言うと、なんと、すでに会社として付き合いがあると言うではありませんか。私が社長に就任することになっていた、ファーストリテイリングの物流戦略子会社とフレームワークスさんはすでに提携していたのでした。これには驚きました。
最新刊の『ミライへつなぐロジスティクス~ミナミと学ぶ持続可能な世界』も、すぐに読ませていただきました。最初に読んだ本も出逢いの本として最高でしたが、個人的にはこちらが好きです。秋葉さんのエッセンスが詰まっています。もちろん、秋葉さんがゼミの教授役なのは理解していますが、至るところに秋葉さんがいます。ミナミのお父さんも秋葉さんの発想ですし、所長の立場も秋葉さんらしい、所長に対して提案する果穂さんにも秋葉さんが出ています、登場人物全員に秋葉さんがいるという感覚です。
秋葉:そこまで私のロジスティクスに対する想いを理解いただいていたのですね。感謝とともに恥ずかしさがありますね。
神保:私も自分の本に自分を詰めましたが、私は秋葉さんの著書『ミライへつなぐロジスティクス~ミナミと学ぶ持続可能な世界』を読んで、秋葉さんが詰まっていると感じました。最初に気になったのが主人公の名前です。オフィスが南青山にあるから、たぶん青山ミナミにしたのだろうなと。
それから、ある中堅アパレルメーカーに、果穂さんがミナミと一緒に提案する場面がありましたよね。そのとき所長は、「自動化やWMS(Warehouse Management System:倉庫管理システム)のようなものを導入して効率化が進んだら、現場の人間の雇用はどうなるんだ」と言って、いろいろなことを心配して、最初の提案を拒絶しました。その後、2回目のチャレンジで果穂さんが取ったアプローチが、秋葉さんそのものだと思いました。
彼女のアプローチはじつに痛快です。所長に気に入ってもらえれば、小さな案件の受注はたぶん簡単にできたと思います。ところが、そこで踏み込んで、耳に痛い現実の話をするだけでなく、それをどのように解釈し、どうやって皆にとって良い方向に持っていくかという提案をセットでして、所長に理解してもらう。実に秋葉さんっぽいなと思いました。
秋葉:まさにそのとおりです。すべてお見通しですね。しかも私のような人間ではなく、果穂とミナミという若い女性に提案してほしかったのです。本のストーリー、展開の仕方、設定は、どうやったらすんなりと人に受け入れてもらうか真面目に考えました。いろいろな本の書き方、伝え方があると思いますが、架空の人物である青山ミナミを登場させるというアイデアが浮かんだ瞬間に全体観、ストーリーができあがりました。
神保:個人的に、この本にもう一つ思いを感じました。この本の表紙には「ロジスティクス超入門編」と書かれています。本当にそのとおりで、現代におけるサプライチェーン、ロジスティックス、物流について、これほど分かりやすく、興味をひく形で書かれている本はありません。物流に興味を持つきっかけとなる本として、学生や就活生、物流部に所属されたものの右も左も分からない若手物流マンにも読んでほしいと思いますが、一番読んでもらいたいのは経営者です。超入門編ですから、この本を入口、フロントエンドにしてほしいという思いももちろん感じます。しかし、本当の狙いとして私が汲み取ったのは、この本が日本全国の経営トップにこそ読んでもらいたい物流の入門書であるということです。そこにもっともウエートがかけられていると感じました。
そういう意味では経営の教科書的な要素があって、極端な言い方かもしれませんが、この本に出てくる話を理解できずに経営をしている人はもぐりだと思うのです。入門編となると、学生向け、ビギナー向けというイメージですが、私は、物流について理解していない経営者が日本ほど多い国はないと思っています。だからこそ、そういった物流ビギナーの経営者の方にこそ読んでもらいたいですね。まさにミナミのような経営者が世の中には大勢います。ミナミの切り口から入る入門編だからこそ、経営者が社長室に必ず1冊置くべき本だと思いました。ちょっとその横に、私の著書『悩みは欲しがれ』も置いてもらえると嬉しいですね。この2冊さえ持っておけばきっと経営はうまくいきます(笑)。
秋葉:ミナミが主人公ですが、本書から考えていただきたいのは、その対象の人たちです。いま、ミナミのような人から同じような提案を受けたらどうするか、真剣に考えていただきたいのです。ロジスティクスのオペレーションは現場でできても、大きな枠組みは、経営者でなければつくることはできません。
物流部門が抱える構造的問題
秋葉:2016年に、神保さんが幹部としてファーストリテイリングの物流部隊にいったとき、物流の現場というものを初めて見られたわけですが、どのようなことを感じましたか。
神保:物流部に着任して私が最初に感じたのは、「なんてこの人たちは肩身の狭い思いしているんだ!」ということです。それとともに申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。私は外の部署から来た人間で、彼らに肩身の狭い思いをさせている当事者の一人だったからです。周りはそれを全然知らず、しかもコストセンター扱いされている。正直に言うと、自分も少し前までそのような扱いを若干していたわけです。こんなにも周りから理解されず、この部署はいわゆる会社のひずみを全部押し付けられてしまっているのだと思いました。
これには構造的な問題があります。分かりやすく言うと、サプライチェーンは商売そのものです。売り上げを上げる部署もあれば、コストになる部署もあって、コストにも売り上げにもあまり影響を与えない部署もあります。遠回しには売上やコストにつながっていてもダイレクトではないなど、いろいろな部署の集合体がサプライチェーンです。このサプライチェーン全体のひずみが確実に物流に出ます。なぜかというと、物流費は、販管費の中の大きなウエートを占める部分として、わかりやすく、証拠として提出されてしまうからです。
秋葉:多くの企業で物流費用はコストとされ、しかも経営戦略としてのコストではなく、できる限り減らしたいコストと認識されています。その認識でいるうちは、いつまでも物流が経営戦略の中心のひとつになることはありません。
神保:私は、物流費という名称を撤廃すべきだとずっと提唱してきました。物流費と言っているから、物流部のコストだと思われるのです。もちろん物流部単体で発生させてしまっているコストもありますが、経営の勉強をきちんとすれば、物流費は物流部だけが出しているコストではないことがわかるはずです。商売全体、経営全体が出しているコストなので、みんなの費用です。物流費をやめて、「みんなのコスト」「みんなの費用」「みんなが商売した結果出ちゃった費用」といった名称に変えたほうが経営は良くなると本気で思っていました。物流費を削減するのは、物流部だけでは無理で、全社で取り組む必要があります。会計上でも「みんなの費用」としたほうが、日本企業はもっと強くなるのではないでしょうか。それぐらい構造的な問題を物流部門は抱えているのです。
秋葉さんの本は、物流の世界に従事している職員や関係者の想いを代弁しています。私も今、代弁者のつもりで話しています。ここは本当にわかってほしいのです。
マーケティングは先行して様々な施策を打つことができます。その施策によって売上が拡大すればマーケティング部のお手柄です。しかし、マーケティングと物流が連動していないと、その売上の急拡大に伴う商売上のひずみが物流部門に出ます。無理してでも、そのひずみを埋めざるを得ない。その結果、何が起こるか。当然労働時間は超過しますし、トラックを臨時で手配したり、急遽倉庫を借りなければならなくなったり、コストがかさみます。けっきょく翌年の決算に物流費という形で返ってきます。そのコストは、本当に物流部だけが責任を取るべきなのでしょうか。
秋葉:「みんなのコスト」というのは、いい言葉です。上流工程からしてみれば、まったくそういう認識はないでしょうね。しかし、神保さんはそこを重視され、様々な施策を打たれました。
神保:一方で、物流部側にもそういった考えを全社に伝える責任はあります。悔しい思いはもちろんありましたが、そんなときもベクトルを自分に向けて、「お前は問題の本質を『伝える』努力をしたのか。そして、『伝わる』まで努力をしたのか」と考えました。説明責任を果たす。それが、もともと物流の門外漢であった私が物流部に対してできる最大のご奉公でした。物流現場には良くも悪くも「耐え忍ぶ」のが得意な人が多い印象です。でも耐え忍んでいるだけでは現場は本当の意味で変わりません。会社全体で生まれたひずみを物流部門が引き受け、物流部門に生まれたひずみをそのパートナー企業である物流会社が無理して引き受けざるを得ないという負の連鎖が起こっています。この負の連鎖を解消できれば、日本企業はもっと強くなれるはずです。
秋葉:物流を経営戦略の重要な要素と捉え、物流改革によって自社の価値を上げていこうとする企業も出てはきていますが、まだまだ少数です。私もそこは、この業界にいる一人として成し遂げなければならない大きな課題です。
神保:当時の私は物流に携わって数カ月程度でしたから、物流自体が何なのかよく分かっていませんでした。物流部に対して、ないしはファーストリテイリングの物流を支えているステークホルダーの皆さんに対して、物流素人の私が唯一できることは何かと考えたとき、彼らの悩みを欲しがって、彼らの悩みを集めて、私なりの「ビジネス翻訳」をして、ひずみを生み出している根本原因を全社に伝えることだと思いました。
正直申し上げて、私はいまだに物流のことを本当にわかっているかというとわかっていないのかもしれません。しかし、「伝える」努力を「伝わる」までやり続け、「物流部の問題」として捉えられていたことを、「全社の問題」にまで引っ張り上げたという点においては、一定の貢献ができたのではないかと思っています。物流も商売も「現場」が最も大事なのは言うまでもありませんが、「現場」だけを見ていては、皮肉なことに「現場」を本当の意味で変えることはできないのです。