秋葉淳一のトークセッション 第2回 食品物流変革の出発点となる食品卸三菱食品株式会社 常務執行役員 田村幸士 × 株式会社フレームワークス 会長 秋葉淳一
公開日:2023/05/31
食品物流のDXに必要なのは、テクノロジーに加えてオープン化、自己変革
秋葉:食品物流においても、SDGsに対応する環境問題、持続可能な社会の構築ということは大きな課題ではないでしょうか。
田村:食品業界でも、「環境に優しい」「働いている人に優しい」ということは必要ですし、我々も業界にいる立場として、「持続可能で社会に貢献する」という意識はもちろん持っています。物流の面においてもその辺りをリードしたいと思っています。
秋葉:「GXリーグ(GX:グリーントランスフォーメーションに取り組む企業群が一体となり、経済変革のための議論と新たな市場創造のための実践を行う場)」といった言葉も出てきて、上場企業4,000社にはTCFD(Task Force on Climate-related Financial Disclosures:気候関連財務情報開示タスクフォース」開示等の報告義務が課せられることになりました。より一層、物流、ロジスティクスにかかわることの難しさが出てきます。それは食品業界でも同じですよね。
田村:そうですね。だからこそ今、変えるときだと思っています。「物流とは何だろう」と考えたとき、結局はどの業界でも、物流のリソースと貨物のニーズをマッチングすることだと思い至りました。例えば、床、車、人といったリソースがあって、これをある程度増減できても、貨物の流動は激しいので、どうしても余剰や不足が発生してしまいます。今トラックの積載率が全国平均40%と言われているのも、このギャップが埋めきれていないからです。しかし、人が、車が足りないと言いながらも、やり方によってはもっと効率化することもできると思います。
我々も共同物流をもう一歩先へ進めて、シェアリングをやっていきたいと思っています。例えば、倉庫と荷物のマッチングを行うシェアリング倉庫サービスも始まっていますね。
三菱食品として今進めているのが「余積シェアリング」です。空きトラックと貨物のマッチングは昔からありますが、余積についてはそれほどありませんでした。7割埋まって3割空いているトラックがあり、メーカーから小売りに中ロット、小ロットで運びたいというニーズがある。この両者のマッチングをするわけです。こういったことを今、我々がお付き合いしているメーカーを中心にいくつか取り組んでいます。
秋葉:荷物があって、まだ積めるトラックがある。現状では、それを解決する術もありません。どうにもならなくて、小ロットの荷物のために1台用意して、さらに積載率が悪化する事態もあるぐらいです。
田村:大事なところです。マッチングの進化形として、本当のスペースのシェアリングを、もっとテクノロジーの力を使って効率的にやっていけるよう主導していきたいと思っています。大和ハウス工業さんが倉庫をたくさんつくっていますが、まだ足りません。良い場所に床が足りない、ドライバーがいない、車の生産が全然追いついていない、人ももちろんいない。
しかし、「いない」と言う前に、今ある戦力でどこまで戦えるのか考えるべきです。大事なのはリソースの動員と配置です。これまでは閉じたサプライチェーンのなかで、人間系でやっているから限界がありました。そこをオープンにしてAIの力を借りたら、というだけの話です。
共同配送といっても、「このトラックはAに行った後Bに行って、その後C」というように、けっきょく人間がシナリオを書いていると限界があります。人間の脳は限界があるので、2社か3社のお客様向けで精一杯で、10社20社の組み合わせを考えるためには機械に頼るしかありません。
秋葉:おっしゃるとおりです。転換点にいる今、三菱食品さん、田村常務の役割は本当に重要です。
田村:三菱食品に限らず、食品の卸や中間流通は古い業態です。「メーカーと小売りが繋がれば中間なんていらない」という議論も多いのですが、現実問題として、メーカーと小売りだけでは効率的なものはつくり得ません。我々に食品卸としての存在意義があるのであれば、せっかくそこにいるのだから、物流については私たちが変革の出発点にならなければいけないと思っています。
よくDXと言いますが、これもテクノロジー寄りの話が大半です。しかし、「三菱食品は倉庫を全部ロボット化すればいいじゃないか」という話にはあまり興味がありません。なぜなら、最近流行りのAGV(Automatic Guided Vehicle:無人搬送車)にしても、ロボットはECのニーズを汲んでつくっているものが多いですが、ECの多くは在庫型なのでスピードが遅くてもいいからです。我々はその日に入ったものをすぐに出すというTC(トランスファーセンター:通過型センターで、在庫を保管しない)のオペレーションです。TCに対応できる速いロボットはいません。人間のほうが速いのです。こうしたことを踏まえると、私たちは、テクノロジーだけで武装するのが中間流通のDXではないと思っています。
秋葉:今のお話は本当に大切なことです。プロセスを変革しなければならないのに、いつまでもロボットで人間の代わりをしようとします。
田村:必要な要素は二つあって、繰り返しになりますが、一つは「オープン化」です。お客様ごとに閉じたサプライチェーンをつくっているようでは広がりません。私たちが間に入ることの役割が「まとめる」ことであるなら、例えば、複数のサプライチェーンを共通化することで効率化できるのではないか。私たちのセンターは約400箇所あって、カテゴリー別になっています。加工食品、お酒、お菓子等のカテゴリー別だったり、お客様別になっていたりするわけです。本当はそうやって分ける必要はないのに、従来の商慣習に引っ張られて、分散した形で小さいセンターがいくつもあって、センターごとに配送を計画しています。
それを今、「隣町のセンターで余ったトラックをこっちで使えないか」という話を始めています。これまで、「センター間の共同配送をエリアでやる」という、言われてみれば当たり前のことに気づいていませんでした。「これはお酒、これは加工食品、これは生鮮品」と色をつける必要はないわけです。商慣習の観点から色をつけたがりますが、本当はそんな必要はまったくありません。トラックのスペースは汎用なのだから何だっていいのです。
この配送だけでもエリアごとに共通化するという試みは、2023年度には関東で本格的に始める予定です。
もう一つのキーワードが一番大事なことで「自己変革」です。自分たちが変わるということ。自分たちのポジションをもう一回考え直して、この業態で昔どおりの定義ではない、違うあり方にしていく。自分が変わっていくという意識を皆が持てるかどうかです。自己変革をして、テクノロジーを使って、オープン化していくという、この3つの要素が食品流通業界で私たちがやりたい「DX」です。
自己変革のはじまりは「自分が何をやりたいのか」
秋葉:今、「自己変革」とおっしゃいました。DXという言葉にはいろいろな定義の仕方があるかもしれませんが、多くの人はデジタルの話をして、それを使って仕事の仕方を変える、トランスフォーメーションするという説明の順番です。常務は、最初に「自己変革」で、変えるということを大前提としてデジタルをどうやって使うかという話なので、すごくしっくりきます。
田村:「自分が何をやりたいか」が最初にあるべきです。昔やりたいと思ってもできなかったことが、今のデジタル技術を道具として活用することで、できるようになっただけです。デジタル技術に引っ張られずにやりたいことを決めて、それを実現するためにどうするか。この順番だと思います。
秋葉:先ほどロボットの話が出ましたが、ロボットを入れることも当然目的にはなりません。ならないのだけど、「ロボットを入れたら」「システム化したら」という話になりがちです。ソフトウェアを提供している側の私たちも気をつけないといけません。お客様と議論しているうちに、気づけばWMSを入れることが目的の会話になりがちだからです。「そもそも何のためにこの仕組み入れるのか」「これを入れて何を実現したいのか」というところに立ち返らないと、必要でない仕組みやロボットを入れてしまうかもしれません。
田村:おっしゃるとおりですね。「やりたいことは何なのか」「何を自己変革したいのか」という問いに対しては、物流の持続可能性が脅かされている中でリソースとキャパシティーをフルに使える形、積載率100%を目指す意識が必要だと思っています。そのためのキーワードが「可視化」と「最適化」です。つまり、今この瞬間、三菱食品の荷物を運んでいるトラックが日本に何台あって、どこを走っていて、積載率が何%で、いつ到着予定で、倉庫では何人の人が何の作業をしているのか。まずはこれを分かるようにするのが私の最初の課題です。ハコブの「MOVO Fleet(車両の動態管理サービス)」を入れているのはそのためです。今荷物がどこにあって、何台で、積載率が何%なのか、ボタンを押したら分かるようになることがスタートで、そうすると、どこが余っていてどこが足りないのかが分かるので、そこでオプティマイゼーションが発生する。この順番です。まずどこをDX化するかで、そのために必要な技術は組み込んでやればいいのです。それが私たちのDXであり、ロボットがなくたっていいわけです。
秋葉:ロボットを入れて人の助けになるのであれば、入れればいいだけですよね。物流にかかわる会社は大手が少なく中小企業が多いのですが、人手不足という問題に対して、状況をすっ飛ばして、ロボットやシステムを入れたら解決するというのがスタートラインになってしまい、それを導入するためにどうするかが論点になりがちです。でも、そこではないですよね。そもそも「物流事業者が大変なのを助けよう」というのはもっと先の話です。特に食品物流はそうですが、「消費者にどうやって物を届けるか」が本来の目的です。その担い手がいなくなると困るのが物流のオペレーションをしている人たちで、それを助けるのが仕組みやロボットという順番です。ロボットを入れるためにまず何を標準化するか、どうしたら入れやすいかという話をするのは、目的とは異なる議論な気がします。
田村:持続可能性がキーワードです。届け続け、供給し続けることが我々の存在意義であり、そのために物流をどうするか、必要な仕組みや機械は何なのか、という順番です。
秋葉:それがデジタルありきの話ばかりになるのは気持ち悪いですね。だからこそ、花王さんと実証実験を一緒にやらせていただいているのはありがたいですし、花王さんと一緒だからできることがあります。花王さんの企業文化もそうですし、自社の物流子会社、SCM本部を持っている中で一緒に議論できることもそうです。実証実験は、「こういうやり方もある」ということを見せられる非常に良い機会です。一方で、同じことを中小規模の会社、それこそ食品の人たちが利用するにはどうしたらいいのか。この考え方を応用するにはどうしたらいいのか。そこまでを私たちの責任の範囲で進めていけたらと思っています。
田村:自己変革の一番の敵は自分たちのメンタリティです。「昔からこうしてきたのに」をどう変えるのか。保守的な人ばかりではありませんが、現場へ行けば行くほど、「無人にしたら危ない」「私がやるからできていて、機械にできるわけない」など、ネガティブな話が聞こえてきます。
秋葉:実際は、フォークリフトを人間が運転しても相当事故はあります。正直言って、人間のほうが優秀なのは分かっています。だけど、人が足りないのはどうやって補うのでしょうか。
田村:そこが、誰もがロボットへの投資を躊躇するところです。「実はROIが出ないよね」と。そうではなくて、人がいなくなるというところから考える必要があります。三菱食品では、公にはしていませんが、自動のAGVや重量物用のAMR(Autonomous Mobile Robot:自律走行搬送ロボット)を庫内で試験運用したり、デパレタイザーを入れたり、人間に置き換えるようなことはけっこうやっています。けっきょく目指すところをどこにするかです。人間とロボットを完全に置き換えることは現実的にはまだないでしょう。いわゆる協業型と言われるような使い方で、人間の手が回らないところをロボットがやる、ロボットが足りないところを人間が助けるような運用が現実的ではないでしょうか。
秋葉:まずは何を目指すかということにつきますね。人間とロボットの役割分担に関する議論はしばらく続きそうです。