まちづくりから始まるダイバーシティ&インクルージョン
まちづくりとダイバーシティ&インクルージョンはどのような関係にあるでしょうか。それはどのようなプロセスで、誰によって実現していくことができるのでしょうか。
第5回は、渋谷区の公共トイレを刷新する日本財団の「THE TOKYO TOILET(ザ・トウキョウ・トイレット)」において、大和ハウス工業が担った設計施工のプロジェクトリーダーを務める平眞弓さんと、社会参加に困難を抱える人々とのサッカーを通じた交流活動に取り組む一橋大学の鈴木直文教授による対話をお届けします。ダイバーシティ&インクルージョンというコンセプトを、まちづくりに実装していく参加型の開発プロセスが、私たちと社会にどのような変化をもたらすのか、またその実現に求められる役割や行動について、語り合っていただきました。
- ※本稿は2022年3月4日取材時点の内容です。
- ※新型コロナウイルス感染症対策の観点から、撮影時のみマスクを外して対話を実施しています。
CONTRIBUTORS
今回、対話するのは・・・
たくさんの笑顔が生まれるスポーツスタジアムをつくることが夢です
平 眞弓
大和ハウス工業株式会社
東京本店 建築事業部 第三営業部 営業第一課
主任
2009年、新卒採用にて大和ハウス工業東京本店の建築事業部に、営業職として配属される。以降、全国における物流施設開発を初めとし、工場・事務所等の建築請負営業を担当し、2011年にはベトナムにあるロンドウック工業団地の開発を担当するなど活躍の場は広い。2018年より渋谷区17カ所の公共トイレを生まれ変わらせる日本財団のプロジェクト「THE TOKYO TOILET(ザ・トウキョウ・トイレット)」において設計施工のプロジェクトリーダーを務めるなど、女性営業職の先駆者として活躍中。
さまざまな背景を抱えた人々と集うスポーツを通じた居場所をつくります
鈴木 直文
一橋大学大学院社会学研究科・
社会学部教授
特定非営利活動法人
ダイバーシティサッカー協会代表理事
スポーツを通じて社会的排除(社会からの仲間はずれ)をなくすための研究と実践に従事。2007年グラスゴー大学大学院博士課程修了(Ph.D.)。主著に『社会(スポーツ)をあそぶガイドブック -サッカーがつくる居心地の良い社会-』(編著、2018、ビッグイシュー基金)、『スポーツと国際協力-スポーツに秘められた豊かな可能性』(編著、2015、大修館書店)など。
私たちはなぜ、自分たちが住むまちのダイバーシティ&インクルージョンを進めるべきなのでしょうか。お二人が手掛けるいくつかのプロジェクトを事例に、ぜひ一緒に考えてみましょう。
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常識を変えるプロセスと「調整役」の重要性
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「THE TOKYO TOILET*」は、渋谷区にある17カ所の公共トイレを、世界で活躍する16人のクリエイターが生まれ変わらせるというプロジェクトです。
大和ハウス工業は、デザインされたプランを基本・実施設計に落とし込み、施工する役割として参加しました。私は、その設計施工のプロジェクトリーダーを担当しました。
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日本を代表するオールスターズのようなクリエイターが集結していますね。平さんは、デザインと施工のコーディネートを担当されたということですか。
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はい、ただ今回は関係者が非常に多く、クリエイター、運営主体の日本財団、そして渋谷区、さらに近隣住民の皆さんを含めたすべての方々の意見に折り合いをつけていく「調整役」が必要で、自然とその役割を担っていったところがありました。
(写真左)多様な利用者に配慮し「休憩所を備えた公園内のパビリオンとして機能する公共空間」を意図した槇文彦氏による恵比寿東公園トイレの夕景。写真:株式会社エスエス
(写真右)「緑豊かな松濤公園に、集落のような、トイレの村をデザインした」という隈研吾氏による鍋島松濤公園トイレの外観。写真:株式会社エスエス
(写真上)多様な利用者に配慮し「休憩所を備えた公園内のパビリオンとして機能する公共空間」を意図した槇文彦氏による恵比寿東公園トイレの夕景。写真:株式会社エスエス
(写真下)「緑豊かな松濤公園に、集落のような、トイレの村をデザインした」という隈研吾氏による鍋島松濤公園トイレの外観。写真:株式会社エスエス
THE TOKYO TOILETプロジェクト紹介リーフレット(日本財団発行)。
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このプロジェクトは、障がい者支援等を行う日本財団が、東京2020パラリンピック開催に向け、世界の「多様な人々」に、すべての人が「違う」という意味で平等な社会、違う事が当たり前だと思える社会のあり方を目指し表現することで「おもてなし」をする、という背景から着想されたものでした。
17カ所ある公共トイレに共通するコンセプトは「ダイバーシティ&インクルージョン」です。そこで、すべてのトイレに必ず1つは「誰でもトイレ」を設置するルールとしました。しかし実際には、コンセプトへの理解や賛同を得る難しさを痛感しました。
例えば、「男女分けずに、すべて誰でもトイレにしよう」と提案されたクリエイターがいらっしゃいましたが、住民の方からは「それは危険だ、怖い」「なぜこんな(従来と異なる)トイレをつくったのか」といった反応がありました。
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その「理解を得られていない状態」から「理解をしてもらう」という変化が、まさにインクルージョンなのだと思います。現状のままでは困る人がいるから、皆さんの常識とは違うことが必要になるのだ、ということへの理解を得ることから始める必要があります。
当然、初めは「え、なんでそんなことをやるの?」という反応から始まるけれど、いずれ「あ、そうなんだ」と受け入れてもらえると、社会の常識が変わり、困っている人が生きやすくなる。こうしたプロセスはとても必要なことです。
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そうですね、実際にトイレができあがり、使ってみると「今まで汚くて古いトイレだったのがきれいになってうれしい!街が変わった!」というようなお声も頂戴するようになりました。でも、やはり「考えを変える」ということは、身近に変化を必要とする人と接する機会がないと、難しいことだと思います。
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困っている人と、変化への懸念を抱く人。どちらの思いもわかるから、「調整役」は大変ですよね。
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変化に対する「小さな我慢」が、まちの新しい文化をつくる
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私たちは、サッカーを通じて、ホームレス状態であったり、うつ病などの精神疾患や依存症を抱えていたりといった、さまざまなバックグラウンドを持つ人々の居場所をつくる活動に、NPO法人ダイバーシティサッカー協会**として取り組んでいます。
もともとはホームレスの方々を対象とするサッカーの世界大会(Homeless World Cup)に出場する活動からスタートしました。いまはダイバーシティカップという国内大会を活動の核にしています。試合に出るためには、日常的な練習の場づくりが必要ですし、東京・大阪をはじめとする各地でコミュニティが広がっています。
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ホームレスの方だけがプレーするのではなくて、支援する側の方も一緒にプレーされるのですね。参加する方は、どうやって活動にアクセスするのでしょうか。
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そうですね、当事者と支援者の垣根がなくなることがサッカーで場作りをする意義の一つです。プレー中は「誰がどんな背景を持っているのか」お互いわからない状態でプレーします。私も一緒にやります。
参加団体それぞれの支援の現場では、通常、生活保護取得や就職支援などの相談の場が設けられています。ただ、一足飛びに進むことはなかなかないので、その手前の段階で「居場所」をつくり、そこで少しずつさまざまなプログラムに参加を促しながら、社会復帰に至るまでに少しずつ自信をつけてもらう、ということが多いです。
そうしたそれぞれの「居場所」に来た方に、各団体を通じてわれわれのイベントへの参加を募ってもらっています。ダイバーシティサッカーは、「居場所」の機能を拡張するようなものだと考えていただけるとよいと思います。
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スポーツなら、一緒に体を動かして、リラックスした関係性をつくっていくことができますね。
実は私、建築業界に入った理由の一に、スポーツスタジアムを開発したいという夢があって。
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そうでしたか!私の研究テーマは、広く、スポーツと「開発」の関係を考える、というものですので、スタジアムの開発にも関心があります。
世界のいろいろな都市を訪れたときは、必ずスタジアムを見に行って、その周りをひたすら歩きます(笑)。そうすると、まちにとってスタジアムがどういう存在なのかが感じられるようになります。
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スタジアム巡り、いいですね。私も海外に行くと、サッカーや野球を観戦しにスタジアムに行くのですが、日本と違って、スポーツが「地域全体のもの」になっていることを感じます。
ダイバーシティサッカーは、ホームレス、若年無業者、うつ病、LGBT、ひきこもり、依存症、外国ルーツなど、何らかの社会的な困難を抱えた人々と、その支援者が立場を超えて共にスポーツを楽しむ。
写真:横関 一浩
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ヨーロッパの各都市では、スタジアムがまちの「文化」に溶け込んでいると感じます。例えば、地元のサッカーチームのメインカラーを配したパブがあって、そこに集うのは熱心なファンかと思いきや、普通に近所の人だったりします。
平さんが紹介してくれた渋谷区の新しいトイレも、初めは「これ、マジか」とみんながびっくりするような斬新なものであっても、時間がたつと当たり前になっていきますよね。そうすると、他の自治体も「うちも、これやろうよ」という展開になるかもしれません。
ダイバーシティ&インクルージョンは、平さんが経験されたように、最初は難しく、みんなの苦労や、一人ひとりの小さな我慢が求められます。でも、それが当たり前と感じられるようになれば、その後に続く人たちがでてくる。これがまちの「文化」になるのだと思います。
国内大会である「ダイバーシティカップ」は、2015年の第1回大会以来、これまで計8回開催され、延べ1,500人以上が参加している。写真:Yuuki Hida
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ダイバーシティ&インクルージョンは
隠れたニーズを可視化する
平さんが手がけたDPL江東深川(仲介:大和ハウス工業株式会社)は、複数の企業テナントさまが入居できるマルチテナント型物流施設。
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まちづくりとダイバーシティ&インクルージョンに関連するもうひとつの仕事に、物流センターがあります。
物流センターの業務は、短時間から勤務できるなどのメリットもあり、お子さんがいらっしゃる従業員が多いです。そこで、物流センターの中に保育所を入れようというような取り組みもしています。
地域開発の一環として、地域からの雇用にもつながります。「お子さんも連れて来られるから働きやすくなりますよ」というのを入居テナント様含め皆さんにお伝えしています。
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日本は、これから人口が減りますし、拡大志向のまちづくりというのは限界があるように思います。
そう考えると、今までまちに出て来られなかったような住人の方が、快適に出掛けて暮らせるようなまちづくりをしていくという発想で、まちづくりをしたほうがよいかもしれない。
外から人を呼んでくるという発想が、どうしてもこれまで強いことが多かったと思いますが、中にいる人たちが快適であるということにシフトしていく流れの必要性を感じます。
物流センターのような大規模な施設が、周辺に住んでいる人たちの暮らしやすさにつながる形で整備できるとすれば、素晴らしいですね。
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トイレも物流センターも、施設という存在があれば、地域の方々に認識してもらいやすくなります。施設をつくるプロセスを共にすることで、まちに出て来られない人たちの存在について知ることもできると思います。
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ダイバーシティ&インクルージョンとは、まだ「今までそういうニーズがあるとは知りませんでした」といわれるような人たちが隠れているという状態だともいえます。
そうした隠れた人たちの声が政策に入ってくるようにしていくと、可能性がきっと広がりますよね。今まで気付かなかったような、新しいまちづくりの方法が生まれるかもしれない。
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隠れた人の声を聞く、という観点でいうと、まちづくりを考える場に参加される住民の方の多くは、男性かつ比較的年配の方が多いのが現状です。会議の参加者のうち女性は私だけ、かつ年齢も私が一番若い、という状況で、お話を聞いていただく難しさも感じます。
一方で、女性が参加してくださる場合には、女性の私には、いろいろと意見を言いやすいようですね。
建築業界にはまだまだ女性が少ないのが現状です。でも、まずは自分自身が一生懸命頑張って、業界全体を盛り上げていきたいと考えています。
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私は、今日のお話を受けて、ダイバーシティサッカーの活動も、もう少し世の中から見えるような形にする方法を考えたいなと思いました。
ダイバーシティ&インクルージョンが必要な理由は、存在しているのに、社会から見えていなかった人たちがいる、ということにあります。性別や障がいなど生まれながらの属性だけでなく、うつ病や事故など、次の瞬間に社会から見えない存在になることは、誰にでもあり得ます。
まずは、そのことに気付くことが重要です。
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私たちが施設をつくることや、先生のご活動は、今まで見えていなかった人たちの存在を知るきっかけになると思います。
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そういう今まで見えていなかった人たちが生きたい生き方を尊重するのがインクルージョンだとすると、どうしても効率性や合理性とは相入れない部分が出てきます。端的に言えば、「待つ」という姿勢が重要になるからです。早く進みたいのに、遅れているメンバーを待たなきゃいけないのは、焦れったいですよね。でも立場を入れ替えて考えたら、誰だって置いてきぼりにされたくはないはずです。
企業でダイバーシティ&インクルージョンに取り組むということは、だれかを置き去りにしないで営利活動をできるかどうかという、これまでの「常識」を打ち破ることに繋がると思うのです。
私たち非営利の組織も、組織としての持続性のためには、個人や企業などの寄付や助成をいただいて、何らかの価値をお返ししなければいけないので、同じ課題に逆方向から取り組んでいるのだと思います。
企業の方と活動をご一緒することで、互いに見えてくるものもあるかもしれません。ぜひ、いつか一緒にサッカーしましょう!
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はい、ダイバーシティ&インクルージョンをコンセプトとしたまちづくりの一環として、ダイバーシティサッカーをぜひ企画提案したいです。実現の折には、ぜひご一緒させてください。
NPO法人ダイバーシティサッカー協会では、アニュアルレポートの発行をはじめとする情報を発信するなど、活動の輪を広げている。
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まとめ
「まちづくり」というパブリックなデザインプロセスは、私たちにダイバーシティ&インクルージョンへの意識変革をもたらすきっかけとなる。
隠れたニーズを尊重し、新しい行動や価値観に適応しようとする一人ひとりの「我慢」と組織の力が、いつしかみんなの当たり前の日常をつくりだす。
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対話をつなげよう
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ダイバーシティ、多様性という言葉には、自由で誰もが制約されないというイメージを持っていましたが、「我慢」というワードが出てきたことに意外性を感じ、また一人ひとりの小さな我慢が求められるというフレーズがとても印象的でした。
鈴木先生と平さんの対話からは、お二人とも他者に対し関心を持ち、愛情をもって社会に参加されていることが感じられました。一人ひとりが小さな我慢をすることとは、相手に関心を持って違いに気づくことであり、その気づきは相手のためだけでなく、自分自身の新たな価値観や考え方を生み出し、自己の成長にも大きくつながるのではないかと思います。
私も、今見えていることから少しでも広く視野を持ち関心を広げることで、自分自身の価値観や考え方を育てていきたいと思います。
人財・組織開発部 D&I・次世代育成グループ
松村奈実