越境学習が拓く、多様性を活かす
リーダーシップと社会課題に向き合うチカラ
激変し続ける世界情勢や、人口減少社会にともなうさまざまな環境変化は、私たちの暮らしや働く環境に多くの変化をもたらしています。社会の多様化が進み、正解がない世の中といわれるなか、課題を発見し解決策を導き、事業の変革や創造を目指していくためには、一人ひとりが互いに自らの特性を活かし、主体的に行動するスキルが求められます。
こうした背景から、日本企業における人材育成の手法として「越境学習」が注目を集めています。「越境学習」とは、所属する組織の枠を越えた業務を体験することを通じた学びです。
第8回は、大和ハウス工業が参画する「越境学習」プログラムを体験した、本店木造住宅事業部営業部の生田光昭さんが登場します。対談ゲストは、遺伝子研究の道から転向し、地域マネジメントの世界でワーケーションを通じた越境の場づくりを手がけている、株式会社ふろしきやの田村英彦さんです。越境学習を通じた多様な人々との出会いと協働において発揮されるリーダーシップのあり方について、お二人に対話していただきました。
- ※本稿は2023年6月19日取材時点の内容です。
CONTRIBUTORS
今回、対話するのは・・・
新たな分野へのチャレンジを重ね続ける内なる闘志を大切にしています
生田 光昭
大和ハウス工業株式会社
本店 木造住宅事業部 営業部
営業第三課 主任
不動産仲介業の営業を経て2016年に大和ハウス工業に入社、本店木造住宅事業部に配属。個人向け住宅のほか、診療所や介護・福祉施設、事務所、アパート等の非住宅の木造建築の提案も手がける。2020年に最優秀社員賞受賞。
2023年1月から3か月間にわたり、京丹後エリアの課題解決をテーマとする越境学習プログラムに参画。2023年6月にスタートした産学官連携による「奈良市みらい価値共創プロジェクト研究」にもメンバーとして参画中。
人の想いが重なるソーシャルグッドを生み出したい
田村 英彦
株式会社ふろしきや
代表取締役 / まとめ役
京都府京都市生まれ。東京大学大学院卒業後、株式会社ディー・サインでプロジェクト・マネージャーとして活動。2016年1月、「地域×マネジメント」の領域に挑戦するため、株式会社ふろしきやを創業。まちづくりの戦略に加え、ソーシャルグッド(社会善)を生み出し続ける人の関係性/場づくりや人流創生のプラットフォームづくりなど、長野県を中心に、より楽しく前向きに地域課題や社会課題と向き合える社会づくりに関わり続けている。2017年1月より長野県千曲市在住。
越境学習とは何か、また越境学習の体験が自らのキャリアにもたらすものを活かし、社会に貢献していくためには、どのような心構えや行動が求められるのかについて、一緒に考えてみましょう。
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不確実な時代だからこそ、新しい仕事にチャレンジする
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私は大和ハウス工業で木造建築分野に従事しています。
主に個人のお客さま向けに木造住宅を提案しているのですが、今は少子高齢社会を迎え、建て替えも少なくなりつつあります。また、大和ハウス工業には、物流倉庫や商業施設など大規模な案件を中心に取り扱う部門が複数ありますが、その中で中小規模の案件については、積極的には取り扱ってはいませんでした。そこで、個人向けの木造住宅商品を転用し、木の温かい雰囲気を生かした診療所などの医療施設や高齢者住宅、保育施設、地域の集会施設などを手がけるようになりました。
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もともと、建物や場所をつくることに興味があったのですか。
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そうですね、父の仕事が建築業だったこともあり、私も学生時代は建築を学びました。ただ、昔から人と話すのがとにかく苦手で、それを克服したいと考えて営業職を選びました。
昔から漠然と、「一番になりたい」という思いが強いこともあって、最終的には「経営者になりたい」と考えています。
個人向けの木造住宅商品を転用したデンタルクリニックの内装。
木造ならではの温かみのある空間となっている。
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私は、生まれは京都、学生時代から東京に出て、7年前から長野に拠点を移しました。大学院までは、医療応用につながる遺伝子の研究をしていたのですが、「もっと直接的に人の役に立ち、自分の得意を活かせる仕事がしたい」という思いが強くなってキャリアチェンジをしました。それが「まとめ役/プロジェクト・マネージャー」の仕事です。
実家はパン屋で、建築とは縁のない環境で育ちましたが、最初に就いた仕事では、オフィスや商業施設など空間・建築物を対象に、構想段階から設計、施工、竣工までマネジメントを担当していました。建築の世界で、施主・デザイナー・現場というように、役割やキャラクターが違う人たちが一つの目標に向かうときの難しさとやりがいを感じながら「まとめ役」の心持ちやスキルを磨くことができました。
2016年に地域の課題解決をプロジェクト化して推進する会社を起業して今に至ります。これまでに、長野県千曲市の関係人口を増やすことをテーマとしたワーケーションイベントを17回開催し、のべ約600人の方々が参加してくれました。
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私が大和ハウス工業に入社したのも2016年です。
ちょうど同じ時期に転機を迎えていたことになりますね。学生時代から「まとめ役」を引き受けてこられてきたのでしょうか。
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そうですね。小学生の頃からイベントの実行委員長、スポーツでも監督をやり、みんながベストを出して輝く瞬間が好きで、今の仕事でもそれを追い求めてやり続けている感じです。今思えば、子どもの頃に親から何気なく言われた「まとめ役は難しいけど、得るものが多いのでやってみたらいいよ」という言葉がスタートかもしれないですね。
会社を立ち上げる決心をしたのは33歳の時でした。でも、お客さまもたくさん抱えていたので、前の会社が「複業制度をつくるから、2足のわらじを履いて、今の仕事と起業を両立させるのはどうだ」と提案してくれたのです。そうやって収入を得ながら自分にはどのような可能性があるのかを大胆に試行錯誤できたところがありました。
長野県千曲市でのワーケーションの様子。
キャンプチェアを持ち出し、棚田の美しいランドスケープに囲まれながら仕事ができるのも魅力。
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私は前職で不動産仲介に携わっていたので、どこかで田村さんのお仕事と関係していたかもしれませんね。
当時勤務していた会社は休みも少なく、勤務時間も長い、いわゆる「ブラック」と呼ばれるような社風でした。ただ、会社を動かしているというやりがいを感じながら働いていたので、苦痛は感じていませんでした。しかし、結果として倒産してしまったのです。 -
ものすごい経験をされましたね。
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はい。私自身は、会社の倒産で、「今あるものは決して当たり前ではない」のだと身をもって経験できたと思っています。確実な明日はないのだから、考え続けなければいけない。会社に頼るだけでなく、自分で何か新しいものを生み出して、つくっていきたいとの思いが強くなりました。
大和ハウス工業に入って木造住宅を担当するようになった時、何か新しいものを加えて提案していきたいと考えたのも、こうした苦い経験が背景にあります。そこから始めた木造建築の非住宅の販売が軌道に乗り、2020年度には全国の住宅部門の中で2位の売上になり、最優秀社員賞を受賞しました。
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まぶしいご活躍ですね。
私の場合は、社会事業をつくる「まとめ役」という仕事を打ち出している以上、否が応でも新しいものに「飛び込まざるを得ない」という感覚があります。生田さんの場合は、勇気を持って、自分から刺激を投入しに行っているのだろうと感じました。エネルギーを新しい方へと向けて保っていけるってすごいことです。
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越境学習から学んだ、多様性を活かすリーダーシップ
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順調にいっている時ほど、新しいものへの熱量が少なくなっていくのを感じます。それで、プライベートでもマラソンを始めるなど、新しい分野へのチャレンジを意識しています。
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マラソンとは、かなりストイックですね!
異分野への越境って、正直なところ意識してやるにはプレッシャーだとも感じていました。でも、自分が同じようなフィールドにとどまっている時、ほかの考えを聞かなければという危機感が確かにでてきます。越境の価値とは、案外、すでに肌で感じているものですね。
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はい。意識的なチャレンジの一つとして、2023年1月から3カ月間、地域課題の解決に取り組む越境学習プログラムに参加してきました。大和ハウス工業のほか、あらゆる業種から集まったメンバー5人でプロジェクトチームを組み、地域における課題探索から解決策の提案まで、全3回のプレゼンテーションを実施する内容でした。
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それはいいですね。
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プロジェクト当初は、「自分が絶対的なリーダーシップをとってトップに立って走っていき、皆についてきてもらおう」と意気込んでいました。
最初は、皆もそれに同調していました。それで私が積極的に意見を出し、自分で資料をつくって主導して。そうやって1回目のプレゼンをした時、散々な批評を受けました。全チームの中で最低ぐらいの評価だったのです。プレゼンの内容は、私の思いが詰まったものでしたので、正直すごく悲しかった。
でも、このプロジェクトには、いろいろな経験を持ち、職種も業種も違う多様性のあるメンバーが集まっている。私の思いだけで走ってしまうのはもったいないことなのだと気がついたのです。
越境学習プログラム参加時のグループワークの様子。
異業種によるメンバー4人と地域課題の解決につながるビジネスアイデアを構想した。
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プレゼンが終わった夜、合宿所でお酒を飲みながら、一人ずつじっくりと対話していきました。そこですごく打ち解けた感覚があって。やはり皆、私に遠慮をして、意見を控えていたのだとわかりました。
その次から、皆の意見を取り入れながら、皆の意見の総和、集合知と言いますか、集合体としてのメリットを強く感じながらプロジェクトを進めることができました。
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でも、最初の低評価に対して腹が立ちませんでしたか。そのプレゼンを頑張れば頑張るほど、評価やフィードバックが素直に、その場では受け取れなかった、というような経験が私にもあります。
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そうなのです。私には強い思いもありましたし、非常に悔しかったです。
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わかります。研修の場であったとしても、自分が将来的にやりたいことが、どうしても発露してしまうところもありますよね。
同じチームでも、時期が変われば違うリーダーシップを発揮するほうがいいこともあります。リーダーシップ像も多様化していますし、使い分けも求められる気がします。本当に奥深い分野ですよね。
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直面する課題がシンプルな問題で、誰かが主導することで正解に行きつきやすいのでしたら、そこに向かって一丸となっていくことが適合していると思います。でも、世の中にあるさまざまな問題、それこそ地域課題などは、複雑で正解がない。やはり皆の知識と視野の総和で、多様性を集めながらやっていくことが求められる。そこの使い分けがすごく重要だと感じます。
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越境学習の体験が拓く、地域共創と社会課題解決への道
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越境学習プログラムを体験されて、社会課題や地域課題とは、すごく難しいものだと思いませんでしたか。それが課題であると誰が言っているのか、本当に困っているのは誰なのかなど。最近、私はその問いの深さを日々感じています。
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地域の中で誰をターゲットにサービスを考えればいいのか、どこを軸にして考えたらいいのか、最初はネットで調べるしかなかったのですが、もやもやしていてわからなかった。やはり一番重要なことは、現場で起こっていることを聞いて、そこで実際にヒアリングをする、対話をすることがすごく大切だと感じました。
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そうですよね。やはり課題を分解していく必要があります。
そこから何をしよう、どう行動しようというふうに、なるべく具体化して、見える化をするのがポイントだと思っています。動いていくと、もっと情報が入って、もっといいことができるようになり、次のプロジェクトにつながっていくこともあります。
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一つとっかかりを考えると、それに対しての意見が出てきやすかったりしますね。
小さなアイデアの実行を積み重ねることで、いろいろな課題が見えてきたり、良かったところもわかってきたり、それらの成果を組み合わせながら、複合的にさらなるアイデアを生み出していくことができそうです。
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そうです。例えば、人口が減る中で、空き家問題を解消したり、公共施設をもっと活用したいという課題があるとき、一つでも、一場面でも、その施設が使われる量が増えることにまずフォーカスする。
そこから、まずはモデルケースをつくるために、その公共施設を活用してイベントを開催する。すると参加した皆もイベントを通じて気づきを得て、自分たちもやりたくなる、という流れです。
画像出典:ワーケーションまちづくり・ラボ
「ワーケーション実験ノート」<https://note.com/workation_lab/>は、ワーケーションに関わる人達と共に実体験やノウハウを広く共有する目的で公開されている。各記事はワーケーション参加者たちが執筆している。
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千曲市でのワーケーションイベントについて、私もウェブサイトで拝見しました。
観光列車でワーケーションするというような斬新なアイデアはどこから出てきたのだろうと思っていたのですが、やはりイベントを開催しながら形になったのでしょうか。
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そうです。その中で、ポロッと誰かが言ってくれたことなどが、それいいねとその場で盛り上がって。最初は2人のアイデアが3人、4人になって実現していく感覚があります。
自分で何かをつくり上げた形もうれしいですけど、予期せぬ面白い出会いから面白いプロジェクトができていく。そういう喜びも最近増えてきました。
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予期せぬ出会いの面白さは、私も越境学習で体験しました。私自身は中途採用ですが、大和ハウス工業の社員は新卒で同じような採用基準のもと入社した人が多く、その人たちが同じ社風の中で育っていくわけです。もちろん、一人ひとりに個性はありますが、どうしても会社の風習に従って、物事を判断してしまいがちです。
だからこそ、外に出ていく機会を持ち、異なる視点に触れることが、新しい発想やサービスの創造につながっていくのではないかと、越境学習に参加して強く感じました。
私もぜひ千曲市のワーケーションに行ってみたいです。それから、実は今週末から、今我々が対談しているみらい価値共創センター「コトクリエ」を会場に、奈良市の地域課題を解決するプロジェクトがスタートし、私もメンバーとして参加します。ぜひ、また田村さんのご意見も伺わせてください。
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いつでも壁打ち相手になりますよ。私も今年から、地域内の子どもの居場所づくりなど、皆で協力しながら少しずつまちを良くしていくプロジェクトを始めようと考えています。ぜひまたお会いしましょう。
対談場所となった大和ハウスグループみらい価値共創センター『コトクリエ』にて。
産官学の共創により地域課題を解決できる人材の育成を目指し、2023年6月に始動した
「奈良市みらい価値共創プロジェクト研究」の拠点となっている。
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まとめ
越境学習とは、組織の外にある多様性に触れるだけでなく、多様性から得られるアウトプットを最大化するためのリーダーシップを学ぶことである。複雑化する社会の課題解決に向けた多様性のリーダーシップとは、協働するメンバーと、課題を抱える多様な人々と対話しながら、共に小さなアクションを起こし育てていく能力である。
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対話をつなげよう
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私が越境学習プログラムに参加したのは、富山支店に転勤し、まさにチームづくりを始めようという頃でした。プログラムでは、私たちのチームも生田さんと同様に、大きな挫折をしました。そこでチームのモチベーションがぷつりと切れてしまい、最後まで持ち直すことができませんでした。私自身、自分は忍耐強くて負けず嫌いだと思っていましたが、この経験を通じて、それは自分の周りに深い信頼関係を築いたメンバーがいるときにだけ発揮できる強みなのだと気づかされました。
挫折をすることや、自分の弱みを知ることは、自分らしいリーダーシップの第一歩になると感じました。「プレーヤーとして成績が良く意見の強い人」だけがよいリーダーになれるわけではなく、 話し合いをリードする人、聞き手に徹しながらアイデアを生み出す人、メンバーをサポートする人など、多様なリーダーシップの形があります。越境学習は、自分らしいリーダーシップを開発するきっかけになると思います。
今回の学びを生かし、現在は目的の共有やメンバー同士のフィードバックなどを通じてチーム全体の信頼関係づくりを進めています。これまでは、問題が起きたとき、当事者だけの責任として対応していたところが、最近では、チームで解決に取り組むように変化してきました。まだまだチームづくりの途中ですが、メンバーそれぞれが自分らしいリーダーシップを高めていけるように、私自身も自分らしいリーダーシップを発揮してチームをマネジメントしていきます。
大和ハウス工業株式会社
北陸支社 集合住宅設計部 富山設計課 課長
杉 紗織